2019年7月22日 (月)

順徳院の皇女皇子ゆかりの寺社をめぐる

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7月3日(水)晴
順徳院の皇女、慶子女王ゆかりの慶宮寺にお参り
しました。

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宿の主人の知人の知人という慶宮寺の和尚さんが待っていて
くれました。慶宮寺は真言宗豊山派の古刹で、順徳帝の第一
皇女の慶子女王が誕生、住居、葬儀と一生をすごされた寺
なのです。

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和尚さんの案内で広い境内の一画にある八角堂に上りました。
深い緑と苔むした石段は趣がありました。

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八祖堂は県の重要文化財になっています。

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回転輪蔵式2階建て八角厨子で手で繰って廻る八祖像を順に
拝むことができる仕掛で珍しいものだそうです。

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年代を感じさせる落書も残っていました。

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慶宮寺の境内に隣接してある、慶子女王を祀る一宮神社に
案内してもらいました。

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参拝する人もなく草深い宮でした。

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(俳句)国仲の青田の中の皇子の塚
一宮神社に程近く金北山を遠く望む国仲平野の一画に慶子女王
の御墓所がありました。

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(俳句)上皇の皇子にゆかりの梅雨の宮
和尚さんと別れた後、順徳院の第三皇子を祀る三宮神社
を訪ねました。

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鳥居の前の狛犬は愛らしい肥満体形でした。

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吽形像はなぜか後ろ向きでした。

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三宮神社は三宮村と麩田村の産土神で広い境内の立派な神社
でした。宮の軒先を借りて宿の昼弁当を拡げました。

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午後、妙宣寺の供養能が始まるまで隣の大膳神社の能舞台を
訪ねました。日野資朝卿と大善坊にゆかりの宮の能舞台で演じ
られる薪能をいつか芝生に坐して鑑賞してみたいものです。
(おわり)

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2019年7月20日 (土)

大佐渡山脈縦走

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7月2日(火)晴
午後、金北山を100m下ってあやめ池に着きました。
花の時期は過ぎて青葉が濃くなりました。

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モリアオガエルの卵塊があちこちの枝についていました。
一週間くらいで孵化するとポトリと沼に落ちてオタマジャクシ
が泳ぎ出すのです。

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あやめ池の先、役行者峰の肩にある鏡池は雪解水が溢れて
登山道が水没していたので残雪期ルートを取りました。

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強風と濃霧がおさまったら、乾いた風に変わって汗もかかず
快適な稜線歩きになりました。

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樹林帯を抜けると草原状の砂礫の峰が現れて、また樹林帯
と交互に変化のあるアップダウンは続き、吹き抜ける風が
爽快に感じられました。

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天狗(聖人)休場で一息入れました。その昔金北山~金剛山
~檀特山は三山駈といわれて、法印様に先導された白装束の
山岳巡礼者たちが辿る遍路路だったのです。

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(俳句)しゃくなげの点々点と梅雨の島
サドシャクナゲ(ハクサンシャクナゲの佐渡固有種)が島状
の草叢に咲いていました。

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行程の中間点800mのいもり平は一面の低木ヤブで手前
の930m峰から馬乗り禿の尾根道を東に辿れば岨巒堂山
(しょらんどう)です。行く手にマナゴの峰が見えました。

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振り返ると痩せ尾根の馬乗背の奥に金北山が遠くなりました。

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なだらかな尾根の先に優美な円頂の岨巒堂山が、奥に両津湾
が見えました。これから石花分岐からマトネ(笠峰)を越して
いよいよ終盤に入りました。

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コハマナスが甘い香りを一帯に漂わせていました。コハマナス
はハマナスとノイバラの自然交配種です。その昔外海府の高千
の女衆が払暁に海産物を担いで荷揚げした荷に浜の玫瑰の種が
付いたのが、峠の野茨と自然交雑したかもしれません。

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石花分岐を最後のピーク「マトネ」(笠峰)が近づきました。
マトネを越せば青粘峠に下るだけになりました。

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マトネから180m下ってアオネバ峠に着きました。さて、
黒線のS字カーブを辿れば20分で車道に出られます。10分
でも早い方がよいと、ショートカット道を登りました。

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終点目印の大杉が現れました。長時間お疲れ様でした。

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(クリック拡大)
GPS軌跡 総距離11.5km 総時間6:30

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このあとは途中、宿の車で名も知らぬ名瀑を眺めながら
縦貫道を外海府の入川経由で今日の宿まで帰りました。
(おわり)

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大ザレ滝を海から見る

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7月3日(水)晴
今朝は大ザレ滝を遊船から見るために早起きしました。

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これは夕べのことです。縦走を終えた安堵で酒が大いに
進みました。

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(俳句)潮騒の島の泊りの明易し
昨晩の酔いを醒まそうと少し早く起きて海辺を散歩しました。

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べた凪なので宿の主人に大ザレ滝を海から眺めてみたいね。
って話したら、「じゃぁ行くかい。」ということになりまして。

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早朝の海風を感じて船首に立つと、酔いはいっぺんに
覚めました。

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(俳句)滝落ちて裏佐渡の礁とゞろかす
大ザレ滝が徐々に近づいてくる様は迫力ありました。

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たまに海側から陸地を見るというのは、ちょっと視点が
変わっただけなのにとても新鮮でした。

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宿のある漁港を出航して小一時間、貴重な体験をしてきた
後の朝食はとても美味しく頂きました。
(おわり)

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2019年7月19日 (金)

金北山に登る(佐渡)

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7月2日(火)晴
梅雨の中休みで今日明日の2日間だけ晴れ予報ですが。
始発の船便で今、佐渡に着きました。晴れているのですが
山の稜線は厚い雲が掛かって、難儀な一日になりそうです。

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(俳句)裏佐渡の谷のぼり来る海霧(じり)迅し
標高900mの白雲台までバスで上り、防衛管理道路を進み
ました。山陰は風がさえぎられて、海霧が濃くなりました。

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(俳句)大佐渡の神ます山の滴るゝ
ブナ林帯にさしかかると蝉の鳴き声がはげしくなりました。
時折、海霧が流れて涼しさが戻りました。

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ぶなの実がいっぱい落ちていました。今年はブナの実が
豊作のようです。

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エゾヤマオダマキの群生が見えはじめました。金北山には
山苧環が多いのです。距の先端が内側に折れているのが
特徴です。

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砂礫地にミヤコグサの群生を多く見つけました。

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イブキジャコウソウも金北山には多いのでした。

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金北山神社の参道から両津湾の眺めが広がりました。

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急な石段を上って山頂神社に着きました。

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これから縦走に入る前に安全登山を祈願しました。

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1172.1m2等三角点は五輪塔の真下に隠れていました。

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山頂に立つと強風と海霧はおさまり、穏やかな夏空が広がって
いました。眼下に外海府の町が見えました。午後の主稜線縦走
に備えて腹ごしらえをしました。
(おわり)

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2019年7月18日 (木)

茅の輪くぐり

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6月30日(日)雨
雨上がりを待って白山神社に半年詣に出かけました。
早や6月も終り、月日の移ろいの速さに驚いてしまう
この頃です。

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(俳句)先づ師弟句碑を拝して夏祓
白山公園の手水舎の裏に虚子を中央に、みづほ、素十の句を
左右に配した句碑が建っています。白山神社にお詣りする時は
先ず句碑に寄るのが習慣になりました。

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(俳句)警蹕の禰宜の切り幣夕祓
警蹕は「下に~下に~」の意味とか。切幣を捲いて穢れを払って
もらいました。

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(俳句)淡々と禰宜追ひくぐる茅の輪かな
神官の先導に従って茅の輪をくぐりました。

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(俳句)神苑の実梅まろまろ太々と
半年詣りの後にお土産がつきました。あと半年、皆が健康に
暮らせますように。
(おわり)

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2019年6月25日 (火)

出来はまずまず

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6月21日(金)晴
今日は晴れているうちにと、畑の玉葱を収穫しました。

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暖かい日が続いたので、ごろごろの玉葱が出来ました。

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今年は「塔立ち」が多かったみたいです。花芽は直ぐ摘み
取って、葱坊主にならないうちにと摘んだのですが。

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植え付け時期が早かったのか、晴天が続いたので水分不足
が原因かもです。来年の教訓にします。

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ニンジンの間引きをしました。

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(俳句)畝二つ越えて延びたる南瓜蔓

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カボチャ蔓に着果しました。大きくなった実に敷き藁を
しました。蜜蜂さんがブンブン飛び廻って受粉してくれ
るのを期待してます。

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葉の下に隠れてプリンスメロンも大きな玉を着けていました。
今度カラスに喰われない様にと防鳥ネットを掛けました。

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太った完熟メロンを収穫できる日が楽しみです。
(おわり)

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2019年6月22日 (土)

姫小百合を見に行く

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(クリック拡大)
6月20日(木)晴
梅雨晴れの一日ヒメサユリを見に光兎山(こうさぎさん関川村)
に登りました。

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(俳句)一山を神とし祀る梅雨の宮
麓にある光兎(こうさぎ)神社に参拝しました。
「貞観3年辛巳(かのとみ)(861年)天台宗祖慈覚大師
の古刹にして郷土の鎮守光兎大権現と尊称し来たりしが御維
新以降は光兎神社と改号、御祭神は月読命を奉祀せりと云々。」
(光兎神社由緒書)

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拝殿の横に太平山と湯殿山の自然石が祀ってありました。
光兎神社の伝承では維新前は修験道で大乗院と称したと
あります。(由緒書)

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「文化11年甲戌(きのえいぬ)(1814年)為講中」
と碑陰の文字が読めました。小国盆地の湯殿山道者が山稜を
踏んで間道を往来した名残でしょうか。

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気持ちの良いブナ林の道を登りました。

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主稜の西端、平頂の虚空蔵峰(629m)に着きました。
天保15年と刻字された石燈篭と虚空蔵菩薩の自然石
が祀ってありました。

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(俳句)緑濃きぶな山奥の蝉しぐれ
南斜面を緩やかに捲いて、下って登って観音峰に向かいました。

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観音峰の社殿裏の木の間越に雷(いかづち)峰と奥に
光兎山(966m)が見えました。登山口から2時間で
行程の半分まで来ました。

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灌木藪の稜線に出ると視界が開けました。振り返ると観音峰
と虚空蔵峰が見えました。

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(俳句)あの山の向うは羽前百合の花
ブナ林の長尾根の北斜面を捲いて、雷大権現の石祠のある
岩稜の先端部(805m)に出ました。

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(俳句)山霧に揺るゝともなく姫さゆり
雷峰と与平戻しの鞍部にまだ咲き残っていました。今年は
2週間程早咲きだったのです。

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姥石は女人禁制を冒して石に化せられたという修験の山の
標本でした。光兎山は昭和24年に解禁となりました。

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与平戻し峰を過ぎると最低鞍部から160mの急登が
待っていました。

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「あそこが山頂?」いやいや登るほどにダマカシ山が次々と
現れて容易には登らせてくれないのでした。

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ようやく登った山頂は静かでした。

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(俳句)雲の峰いぬ鷲高く高く飛ぶ
どこからかイヌワシが一羽悠々と上空を舞いながら、また
どこかへ飛び去って行きました。

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(俳句)谺して遠郭公の谷深し
遠かっこうには癒されます。今日の天気予報はくもり、日中
一時雨とか。近づいて来た黒雲に急き立てられるように下山
したのでした。

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雷峰まで下りて、振り返りました。光兎山よまた来る日まで。

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(俳句)売れ残る鮎の塩焼やや小ぶり
下山してから、温泉にゆっくりつかって帰りました。
土産に一匹売れ残った鮎を買いました。
総時間8時間、標高差803m、積算上昇高度1072m
今日は登り甲斐のあるいい山旅ができました。
(おわり)

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2019年6月17日 (月)

良寛たずね道

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6月14日(金)晴
句会の先輩が参加すると聞いて、一緒に吟行しようと
山の会に出かけました。

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(俳句)足湯して遠郭公を聴いてをり

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(俳句)摩尼殿にゆかりの僧の梅雨祠
土手下の祠に「摩尼殿」とありました。摩尼殿とは天台宗の
別格本山円教寺摩尼殿でしょうか。戦乱で荒廃していた国上
寺の復興に尽力された万元和尚が一時憩う時、修行時代を懐
かしく偲ぶ場所だったかもしれません。

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(漢詩読み下し)
間庭 百花ひらき 余花 この堂に入る 相対して共に語無く
春夜 夜将(まさに)央(なかば)ならんとす

良寛さんの外護者の一人、阿部家7代造酒右衛門定珍(さだよし)
は家業のかたわら文事を好み、良寛を師と仰ぎ親交が深かったと
いいます。

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(俳句)良寛の外護者の青田村を訪ふ
良寛さんの外護者の一人阿部家の広大な屋敷は今も素封家
のおもかげを残していました。

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(俳句)戦国の山城跡の梅雨の宮
阿部家がある渡部集落の裏山には、大河津分水を見下ろす
戦国時代の山城跡がありました。

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(俳句)森閑と青水無月の境内社
山城跡は菅原神社の本宮が、その左右に摂末社と石祠
が祀られていました。

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(俳句)ぎんなんのみどりこ落ちて宮涼し
「この実は何あに?」
乙子神社の境内に立つと銀杏の大木からぽとりぽとりと
しきりに青い実が落ちて来ました。

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(俳句)良寛の草庵暗くして涼し
良寛さんが晩年を過ごしたという五合庵下の乙子神社
草庵を訪ねました。

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(俳句)木々わたる風音涼し五合庵
五合庵は国上寺の塔頭で復興に尽力された万元和尚が
住んだ後に良寛さんが入ったのでした。

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(俳句)目鼻なき石のみ仏苔の花
五合庵に入る前、良寛さんが一時仮住まいしていたという
五合庵下の古刹、真言宗の本覚院を訪ねました。

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(俳句)かちかちと音して梅雨の念珠繰る

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(俳句)郭公の突と啼きやむ杜の中
分水路の杜に初郭公を聞きました。

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(俳句)魚道堰番(つがい)青鷺みじろがず
水門の魚道堰の縁に2羽の青鷺がいました。

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(俳句)梅雨晴れの良寛たずね道なりし
今日の吟行は実り多き一日となりました。
(おわり)

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2019年6月14日 (金)

アサギマダラと影の神

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5月28日(火)雨
予報通り今朝は雨なのでアサギマダラを探しに岩谷口海岸に出
ました。気温が21℃になるこの時期に台湾から大飛行して
佐渡のスナビキソウの群生地へ渡って来るのでした。

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スナビキソウの花にはフェロモンの材料が吸蜜物質に含有
されていて、ピロリジンアルカロイド(PA物質)を摂取し
てオスは成熟し、メスをさそうのですとガイドさんが教え
てくれました。

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顔を近づけると甘い香りがしました。アサギマダラのオスは
吸蜜したら陶酔感に満たされて、恋人さがしに山に上るのです。

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そういえば昨日ドンデン山でヒヨドリバナに群飛する数頭を
みかけましたっけ。和木山あたりではこれから簇々光景がみら
れるかも。

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一周道路を相川方面に向かう途中で後尾集落に立ち寄りました。
前方に存在感のある巨岩が見えて来たのが「影の神」でした。
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「爰も空海秘法行ひたまひし所なり。壇上の跡明白なり。此島
の上にイブ木あり、これをとれば、忽ち風吹くとて所のもの之
を制す。」また一説には「鹿毛ノ霊(かげのかみ)で近江の
怪異の事をなした鹿毛の駒が現れ出るよりの因縁」であると
いっている。(佐渡風土記)

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「高千村大字後尾の海中に、一巨岩があるが、此の岩は北を
後ろにし、南向きになっている空洞で、風波のない折を見て
参詣するという。口碑によると旭日海中に上る時、金北山
の祠堂の影、ここに映ずる故に名づくといっている。」
(陰の神・相川の歴史)
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共同墓地の先に影の神を見下ろす高台に浄厳上人の六字名号塔
と秋葉山塔が建っていました。江戸時代後期に秋葉山信仰が盛
んで島内のいたる所に建てられたようです。海府の人たちは
霊験あらたかな浄厳上人名号塔に朝な夕なに掌を合わせたこと
でしょう。
(おわり)

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2019年6月 8日 (土)

北佐渡縦走

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5月27日(月)晴
ロングランの晴天予報は今日まで持ってくれそうです。
ドンデン山荘を起点に北へ檀特山まで縦走しました。

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スタートして10分、最初のピーク蜂ヶ峰935m三角点
にタッチしました。

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今日は山の会のリーダー当番で山の仲間12名と北佐渡
縦走に出かけて来ました。初顔合わせの人もいるのでと
時間に余裕を持たせて7時間の行程にしました。

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すっきり晴れて、尻立山940mに立つと北佐渡の山々が
見渡せました。

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論天山は草原状の山容でかっては放牧地でした。いたる所に
「放牧牛に注意」の名残の杭を見かけました。眼下に両津湾
と加茂湖が見渡せました。

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伸びやかな草原状の稜線は芝尻山882mまでで
間もなく樹林帯に入りました。蜂ヶ峰から緩やかに下降
して、中間地点の「滑石(なめりいし)」から登りとなって
雪畑山の肩でスタート地点の標高に戻ります。

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雪解け間もない稜線は新緑に溢れて緑のトンネルが続きました。

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樹林帯を抜けると草原状の滑石に出ました。今日の参加者
は足が揃って、予定より30分早めに到着できました。海から
の心地よい風に吹かれてランチタイムになりました。

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後半も順調に歩を進め、北佐渡で唯一の1000m超の雪畑山
に登りました。

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山頂には「御料局三角点」がありました。御料局とは皇室財産
を管理するため明治18に設置された国の機関でした。超弩級
の金剛杉のある新潟大学の演習林は戦後御料局から引き継いだ
と聞きました。

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山頂から展望は利かないのですが、木の間越にトンガリの金剛山
が見えました。

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スタートして6時間、終点の檀特山に登りました。檀特山は
金北山、金剛山の「三山駈け」山岳巡礼の山で、かっては行者
弾誓上人に始まる木喰行者の修行の地でした。

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山頂はヤブの中に4等三角点がありました。

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今日の宿はトンガリ山の知行山と海馿の峰の麓の関集落です。

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食べきれない程の漁師料理が並びました。

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佐渡の地酒を飲むほどに酔うほどに、今日の山談義に花が咲き
一日目の夜は更けていきました。
(おわり)

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