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2012年3月30日 (金)

会津八一・歌碑めぐり

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(「新潟日報」題字 会津八一)
霞たつ 浜の真砂を 踏み裂くみ か行きかく行き 思ひぞ 
わがする  秋艸道人 しゅうそうどうじんは会津八一の雅号
(監修・会津八一記念館)

今日は気温が12.9度まで上昇したとニュースが報じていました。
漸く春めいて来た感じです。出勤の道すがら会津八一の歌碑を
拾いながら歩いたのです。Img_3386

新年同詠船出 応制歌 会津八一 上
ふなびとは はやこぎ いでよ ふきあれし よひ のなごりの
 なほたか 久止母
(『会津八一全集』第四巻「新年同詠船出 応制歌」より)
(訳)船人はすみやかに漕ぎ出でよ。吹き荒れた 夜のなごりの波
   はまだ高くてもImg_3385

歌は昭和28年2月宮中歌会始の儀に召人(めしうど)として
招待を受けた時に詠進した1首。応制歌とは天皇の命令を
受けて詠いじた歌をいう。
昭和47年10月12日建立(県立新潟高校・校庭の歌碑説明書より)

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於りたては なつなほ あさき しほ可せの すそふき かえす
 ふるさとのはま 朔(『寒燈集』より)
降り立てば 夏なお 浅き 潮風の 裾吹き 返す 故郷の浜 朔

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(訳)戦禍の東京を離れ 新潟飛行場に降り立つと 夏もまだ浅い
潮風が 着物の裾を吹き返すよ、故郷の浜辺は。
会津八一歌書

昭和20年4月、空襲で被災した会津八一は、傷心を抱いて
新潟に帰郷した。歌は故郷に無事に着いた安堵感がにじんでいる。
昭和56年4月26日建立(会津八一記念館前の歌碑説明書より)

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白山公園には紅白の早咲きの梅が2本だけ咲いていました。Img_3668

この蕾が開くのももう直ぐでしょう。Img_3667 『春は名のみの・・・』です。でも公園の木々もどこか
春めいて感じられます。

少し歩いて、西堀通三番町の曹洞宗・瑞光寺にやって来ました。
参道入口の「ひきうけ地蔵」さまにはお参りに訪れる人の姿が
が絶えません。
会津八一文学博士は当時の檀家で、このお寺様に先生のお墓が
あるのです。

Img_3396

会津八一歌碑 歌は「鹿鳴集」「望郷」の中より
ふるさとの ふる江のや奈ぎ は可くれに ゆふべのふねの
 ものかしぐころ

ふるさとの 古江の柳 葉隠れに 夕べの舟の ものかしぐころ

わたくしの故郷の古い川べりには柳が並んでいる。その柳が
葉がくれに舟が浮かんでいるが、夕飯の煮炊きのしたくを
する頃になったのかなあ
乙酉は昭和20年。清行庵は市内南浜通二番町の伊藤辰治氏宅
の茶室のこと。(瑞光寺・境内の立ち札説明文より)

Img_3666

今年は例年より開花が遅れるとニュースが報じていました。
やすらぎ堤のさくらの蕾の開花するのも、もうすぐです。
(おわり)

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コメント

めっきり春めいた出勤の道すがら会津八一の歌碑を拾いながら歩くなんて素敵です。
私なんて、セカセカと先ばかり急いで歌碑なんて目に入りませんし、目に入ったとしても
歌の意味がよく解釈できず通過してしまいそうす。
まるで解説つきで ご一緒に散歩しているよう感じで見せて頂きました。
ゆったりと、こんな散歩もいいものですね♪ (*^_^*)

FUKU様おはようございます。
コメントありがとうございます。スタート地点の
千歳大橋に八一の歌碑はなくて、川村修就(初代新潟奉行)の「水辺の柳」のレリーフが
ありました。まだまだ隠れた名所がいっぱいあることを気付かされました。


投稿: FUKU | 2012年3月30日 (金) 23時14分

先日18日に小雨の後薄曇りの中、白山公園で吟行をした時にはようやくポツポツと紅白の梅が咲いていましたが、今、写真を拝見すると、少し多く咲いていますね。
来週の週末にでも、又、行ってみたいと思っています。
私はこの時、句碑を教えて頂きました。

noritan様おはようございます。
「白山公園で吟行」ですか。素敵ですねー。
被写体を前に一句ひねるなんて。作句の緊張感が伝わって来る感じがします。
何時かはそんな境遇にと憧れています。

投稿: noritan | 2012年3月31日 (土) 04時54分

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