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2012年4月10日 (火)

旧蹟を訪ねて 曾我量深師生家

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曾我量深師の生家のある旧味方村(南区味方)を訪ねた。
貴重な文化財と時代を画した学匠の生家がある。

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中之口川の土手上に立つと笹川邸の広い敷地が見えた。

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江戸時代には村上藩・三条陣屋の支配下にあったという。
毎年恒例の白根・大凧合戦は“味方組”と白根側の領民が本気の
喧嘩凧を揚げたから、昔はけが人が多く出たという古老の話を
聞いた事がある。

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笹川邸を挟んで左手に年代を感じさせる諏訪神社が建っている。

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諏訪神社(新潟県指定文化財)

越後の産土神は諏訪神社が多い。これは織豊時代より越後の
開拓が信濃の旧豪族によってなされたことに起因し、この地の
大庄屋笹川氏が信濃の出であり、この社もその例と思われる。

勧詳年代不詳というも、慶長15年再建安政5年拝殿建築と記録
があり、江戸時代初期の社寺建築の様式をよく伝え、歴史的価値
が高い。
社宝に高陵秀明の書額、大庄屋寄進の安永時代の絵馬、天保
時代の釣燈籠等がある。 (説明書きより)

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諏訪社を出て右折して笹川邸の外堀伝いに歩く。道路脇の仕事場
には合戦用の大凧の骨組が積まれ、製作が着々と進んでいた。

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更に歩くこと少々で曾我量深師の生家前に着く。

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曾我量深師 生家

浄土真宗の仏者、曾我量深師 明治8年この地に生まれる。
幼少より俊才を知られ成人して見附市浄恩寺に入り曾我姓を
名乗る。
真宗大学卒業、同校教授、東洋大学、大谷大学教授を歴任、
大谷大学学長となる。

若くして近代日本の先覚者清沢満之に師事、その「精神主義」
を受け継ぎ、自らも独自の学風を確立し、親鸞の教えを現代に
生きる人間の主体として開顕した。

生涯を貫いて創造性豊かな深い思索と厚い信仰に生きた仏者
そのものであった。昭和40年勲三等瑞宝章受賞。昭和43年
味方村名誉村民の称号を受けられる。昭和46年満95歳の
生涯を閉じられる。 (説明書きより)

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如来に信ぜられ 如来に敬せられ 如来に愛せらる
かくて我等、如来を信ずるを得   量深

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清沢満之は『嘆異抄』を世に紹介し、親鸞教学の近代化に取組んだ
先覚者だった。その系譜は曾我量深、金子大栄、安田理深の
各師に引き継がれて現在に至っている。

今日は曾我量深師の偉業を偲ぶ好い機会に恵まれた。

(おわり)


 

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コメント

ご無沙汰しております!今月は決算で忙しいのでなかなかこのブログを見られませんでした。相変わらず物識りで薀蓄が凄い、良くここまで調べましたね。さすがです!

静岡の岳人さん こんばんわ。コメントありがとうございます。決算で繁忙のようですねー。ご苦労様です。忙しさの中で永年過ごしてきた我々仕事人間は忙しいと逆に「ほっと」するのかもしれませんよー。越後の賢人は凄いです。またハマりそーです。

投稿: 静岡の岳人 | 2012年4月11日 (水) 18時15分

越後の史跡めぐり続いておりますね。
笹川邸は昔行ったような気がします。

私なら史跡等訪ねても写真を撮るくらいしか出来ませんが、きちんと歴史や変遷なども調べられているので感服です!

noritan様おはようございます。コメントありがとうございます。
ちょっと齧ってみただけでも、こんな近場にも時代を画すような学匠が出ていたとは驚きです。昔の人は偉かったのですねー。

投稿: noritan | 2012年4月13日 (金) 03時57分

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