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2012年12月19日 (水)

冬の榛名外輪山を歩く(関東ふれあいの道)

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12月15日(土)今年最後の会山行に参加しました。
午後は晴れて小春日和になりました。相馬山から
谷川連峰がよく見えました。

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朝の出がけは、しとしと雨が降っていました。
長岡を過ぎた辺りで、車中からご来光が望めました。

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今日の天気予報は雨後くもりです。朝の内に降って
日中は上がってくれればいいのになー。
トンネルの向こう側はどんなかしら?

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なんて考えながら車窓を眺めていたのです。
浦佐辺から越後駒が見えました。もう真っ白ですね。
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群馬県側にトンネルを抜けたら青空が見えました。
バンザ~イ!誰ともなく拍手がおこりました。

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今日は榛名湖の南縁に沿って整備された遊歩道を
歩きます。天神峠から相馬山まで約5時間の行程です。

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伊香保の温泉街を下に見て車で標高1084mの
榛名湖まで一気に上がりました。
途中林の中でこちらをじっと見ているカモシカの
子供に出遭いました。

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遊歩道の起点に史跡の石灯篭が建っています。
案内板の説明に「文化12年塩原太助寄進」と
ありました。
塩原太助といえば江戸に出て奉公しながら「炭団」を
発案して一代で財を成した人ですね。
歌舞伎の演目にもなった立志伝中の人物です。
今は上州名物「太助饅頭」で有名ですね。私も大好き
です。
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遊歩道は階段が多いのです。凍った階段の上り下り
には滑り止めが有効だというので、1足1200円也
を買って来たというのに休憩の時にもう、片方が外れて
なくなってることに気付いたのです。
あれー?何処に落としてきたんだろうか?

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リーダーに断って探しに戻ったのです。ない。ない。
なーい。結局一番下まで下りた所で見つけたのです。

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いやー。それからの、上り返しはきつかったー。
早く戻って追いつかなければなりません。

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氷室山まで一気に上がって振り返ると
榛名湖が一望です。
氷室山を下った鞍部で漸く追いつきました。
朝一から、とんだ大汗をかいてしまいました。

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天目山へ続く笹原の尾根を行きます。延びやかで
気持ちのよい所です。

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天目山(1303m)に到着しました。天目っていうから
すり鉢状の山なんでしょうか?
七曲峠に下る尾根はゆったりと気持ちのよい
プロムナードが続きます。
前方に目指す相馬山が見えます。

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七曲峠は車道を横切ります。

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上  ピラミッドの榛名富士を真横に見て進みます。
    直ぐ下を観光道路が走っていますね。
下  相馬山が特異な山容を見せています。

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今日2つ目の峠・松乃沢峠で車道を横切ります。

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日陰には霜柱が立っていました。結構寒いのです。

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上   磨墨岩(スルス)の下を通ります。
中・下  スルスは籾(もみ)や粉をひく臼(うす)の
      ことで、磨墨は当て字、特徴的な形から
      スルス岩と名づけられました。
    (案内板より)

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ランチの後、相馬山に登りました。赤い鳥居の
右に「奉納普寛講中」の文字が読み取れます。
「普寛行者」は寛政4年(1792)御岳山王滝口に
登拝路を開削した御岳講・御岳教の開祖です。
関東一円に御岳信仰が広まり、各地に講社が結成
されて隆盛を極めたといいます。

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八海山大神の霊碑もありました。八海山中興の祖
「泰賢行者」の修験の師は「普寛行者」です。
八海山は御岳講に列格する山なのです。
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修験の山らしく鎖場と鉄ハシゴを登ります。

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上   急傾斜の連続なのでランチのあとでは結構
     きついのですよ。
中   「あと10分」の下に「あとじゅうぶん」って解説?
     「あとじゅうぶんが」正解でした。
   

下   木の間越しに谷川連峰が見えました。

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相馬山は別名「黒髪山」と呼ばれています。
「…高崎・前橋方面を始め、遠く関東平野の村々
より榛名山を望む時、厳然として屹立した第二峰
相馬岳、ここより立昇る黒雲は忽ちにして雷鳴を
発し、慈雨を下し、豊かな稔りを約束してくれる闇
龗神(クラオカミノカミ水神=龍神)の住まわれる
処の信仰はこのご神名が訛ったものとも云われる
神社名からも伺われ、随分古い時代から祭祀が
行われて居たものと思われます。…

祭神 大山津見神(オオヤマズミノカミ)
例祭 10月15日」

明治時代以後は榛名神社より独立した神社と
なりました。尚、社務は榛名神社にて行っております。
(「ご由緒より)」

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黒髪神社の奥社より先の一段の高みに「御岳山大神」
の霊碑が建っていました。

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山上には講中が建立した石仏や神像が並んで
御岳教の修行者たちの行場だったことが窺われ
ます。
高崎方面が見渡せました。

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今日の朝は雨だったのに午後は晴れて
小春日和になりました。一年の締め括り
にふさわしい山行ができました。
「終わりよければ全てよし」ですかね。

下山した後はゆっくり温泉に浸かって
銘酒を頂きながら帰りました。

(おわり)

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コメント

榛名外輪山では、お世話になりました。
しゃくなげ色さんらしいレポート、「うん、うん」と、うなづきながら
見せて頂きました。
相馬山、修験の山らしく色んな石碑があったけど興味を感じながら
読み取れず 登るのが精一杯で先を急ぎました。
そんな風に刻んであったのですね。
いい山でした~ 相馬山の良さを再確認しました。

FUKU様 おはようございます。コメントありがとうございます。相馬山は御岳講のお山だったのですね。それで講中の人達が持ち上げた石碑が一杯あったのです。あのトサカのような急坂を登る鉄ハシゴは爽快でした。上州の山のよさに気付かされましたね。


投稿: FUKU | 2012年12月19日 (水) 21時12分

一年納めの山行 お疲れ様でした。8月頃からこのブログを拝見するようになり、貴兄の博識さと味わい深い文体に引き込まれて、山への想いが膨らむ日々です。(チト大袈裟かな笑)来年も自分なりのペースで自然を楽しもうと思っています。

KAZU1954さん こんばんわ。いつも訪問ありがとうございます。早いものでブログを始めてもうすぐ1年です。KAZUさんのコメントは励みになります。来年もよろしくお願いしますね。

投稿: KAZU1954 | 2012年12月20日 (木) 11時08分

帰りのバスの中のお酒は美味しいでしょうね。私はいつもお茶です(帰りに運転するもので)。前半は忘れ物で他の人の倍は歩いたでしょう。ほんとうにご苦労様です。でも今回は雪がなくて使わずじまいでしたね。雪があったほうが利用できてよかったかな。

越後の寅次郎様 おはようございます。訪問ありがとうございます。帰りのバスで頂いた銘酒榛名山は旨かったです。運転者は飲めないから気の毒でした。相馬山はいい山でした。上州の山の良さに気付かされた思いです。出だし早々に落し物するなんてドジですね。ご厄介になりますが、来年もよろしくお願いします。

投稿: 越後の寅次郎 | 2012年12月21日 (金) 17時20分

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