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2013年4月21日 (日)

尼厳山、奇妙山に登る(会山行)

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4月17日(水)晴れ
尼厳山(あまかざりやま)から皆神山を望みます。
会山行で懐かしい皆神山周辺を歩きました。

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皆神山(みなかみやま)は知る人ぞ知る特別な山なのです。
1984年(昭和63年)に「サンデー毎日」誌に世界最古、最大の
ピラミッドとして紹介されて、一躍脚光を浴びたことがありました。
俺らもその頃、件の週刊誌を読んで好奇心が湧き、現地を訪ね
て見たのです。そのことを思い出して、昔が懐かしくて会山行に
参加したと言う訳です。

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新潟から長野の松代まで旅行するのですから朝は早出なのです。
朝飯を4時に摂るには早いので、お弁当にしてもらい車中で頂き
ました。おにぎりは外で食べると美味いのは何故でしょう?
この頃は“春眠暁を覚えず”で朝は眠いですねー。
今の時期は何処へ行っても花盛りです。いい季節になりました。
車中から桜山が見えました。

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新潟を出る時は鈍より曇っていたのに、北信濃に入った途端に
晴れました。所変われば随分と違うものです。山は晴れがいい
に決まってますからね。
バスは『あんずの里』の東条(ひがしじょう)地区の駐車場に
到着しました。大欅と鳥居の背後に聳える山が尼厳山(あまか
ざりやま)です。頂上部は露岩で鎧われているのが見えます。

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鳥居を潜った参道入口に由緒書がありました。何々…
「ー延長5年(927年)左大臣藤原忠平らにより撰進された延喜
式50巻の中の神名帳(じんみょうちょう)に記載された信濃国
48座の式内社の1つとして、その歴史は極めて古い。現社殿は
天保4年(1833年)に改築された、8棟造りを模した荘厳な建築
である。
<主祭神>
玉依比売命(たまよりひめのみこと)(初代神武天皇の母神)
<合祀>天照皇太神・建御名方富命・素戔鳴命ー」とあります。
神社脇から始まる登山道から見ると、山の斜面に沿って建つ
大社殿です。確かに荘厳な雰囲気がありますね。

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神社の境内から集落が一望できました。『杏の花咲く里』のとおり
の長閑な風景です。尾根に乗ると程なくしてイノシシ防護柵が現
れました。鉄のカンヌキを外して中へ入ったら最後の人が金網を
閉じるのです。イノシシ被害が多いようです。イノシシが突進
して来たら逃げられるかしら?恐いな。
山道は乾燥して、雪解けの新潟の山とはちょっと感じが違います。
でも、木々が芽吹く淡緑の景色の中を登るのは気分爽快ですね。

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(上)ムラサキケマン (中)ヤマブキの花 (下)蛾のさなぎ?

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巨岩帯に入りました。大岩が重なって壮観です。
左の道は斜度を増して尼厳山山頂へ向かいます。右はロック
クライミングのフィールドになっているようです。堅い岩が登攀
にむいているみたいですね。

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杖1本で支えている?今にも崩れそうな絵に見えませんか?
この格好のままでも、崩れない自然のバランスの妙ですね。

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山頂直下に空堀跡がありました。武田、上杉両軍が戦った戦国
時代には難攻不落を誇った尼厳城(あまかざりじょう)がありました。
「ー伝承によれば弘治2年(1556年)武田信玄は真田幸隆に尼厳
城の攻略を命じました。城主の東条氏(ひがしじょうし)はよくこれに
抗しましたが、高坂弾正らの武田軍の加勢により、ついに城は落
城し東条氏は上杉謙信の元へ逃れました。ー」(山頂案内書)

尼厳城は越後国上杉方の城だったのですね。

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(上)山頂から素晴らしい眺めです。長野市街が一望できます。
車の流れもよく見えます。尼厳城は古戦場「川中島」にも近くて
戦略上の重要拠点だったことがわかります。
(下)会のランチは毎回持ち寄りの料理が並ぶのですよ。これが
楽しみで山行に出るのかもしれません。

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ランチの後、転げ落ちそうな急坂を下って奇妙山に向かいました。
尼厳山は奇妙山と吊り尾根で繋がった衛星峰なのです。展望の
ない樹林の長い吊り尾根を登り上がると、大岩と石祠がある山頂
に着きました。
石祠に奉納された御札には熊野修験の文字が読み取れました。
「奇妙山」は昔は「帰命山」といったそうですね。
「帰命」とは帰命無碍光如来のことでしょうか。松代の町から奇妙
山一帯には群発地震に伴う発光現象の地震光が見られるといい
ます。その発光が「帰命山」の謂れでしょうか?

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(上)岩混じりの道をぐんぐん下ってきました。
(中)最後の人がイノシシ防護柵を閉めて完了です。
(下)岩沢口に下山しました。集落越しに皆神山ピラミッドの特異
な山容が目を引きますね。盛り土したかのように周囲から孤立
して存在しているのです。

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俺らの記憶では昭和63年(1984年)に信州大学とサンデー毎日
取材班が合同で学術調査班を編成して皆神山の地質構造調査が
行われました。この結果定説では説明できない矛盾点が多く
明らかになったのです。
過去に行われた旧通産省の地質調査では皆神山の中心部では
重力が小さくなる「重力異常」が検出されたといいます。

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松代群発地震は1965年から約5年間も有感地震をもたらした
のでした。この地震の異様なところは、震源地のほとんどが、
皆神山の真下3キロから5キロメートルだというのです。
かくして、この松代群発地震をきっかけに日本の地震研究が
本格的に進められることになったのです。

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山頂部が窪んだ皆神山は一般的には35万年前に火山が噴火
することなく形成された溶岩ドームだといわれています。
この山の頂上には皆神神社があって、一部は古墳になっていま
す。山腹には畑もあります。神社を取り巻いてゴルフコースも
あるそうです。

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(写真は象山地下壕です)
太平洋戦争末期、軍部が本土決戦の最後の拠点として極秘裏に
皇居と大本営を皆神山の地下深くに移転する計画が進め
られました。
「ー松代地下大本営は舞鶴山(現気象庁精密地震観測室)を
中心として皆神山、象山に碁盤の目の如く掘り抜き、その
延長は10kmに及ぶ代地下壕でありますー」
(松代象山地下壕案内書)

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帰りのバスの車窓から夕日に染まる皆神山が見えました。柄は
小さくても異彩を放って存在感のある姿が見えました。
今日は終日、皆神山を眺めて周辺の山を歩き、気分は29年前
に戻っていたかもしれません。懐かしき思い出の山よ。
また会う日まで。

歩いた軌跡(GPS)国土地理院背景地図等利用許諾番号
2011-005号

歩程 6時間 (登り 4時間 下り2時間)

<クリック拡大>

Photo

(おわり)

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コメント

天気に恵まれて、楽しそうな山行でしたね。

長野はこうした「隠れた面白い里山」があるのですね。
別に隠れてはいないのか!
私が知らなかっただけでした(~_~;)

大きなおにぎり!!
山だから食べられるのですね。
たくあんもたくさん!
美味しそう!!

noritan様 こんばんわ。noritan様は以前、長野の里山の神社仏閣巡りの山行をされていましたね。今回長野の山をちょっとカジッタだけなのに、まだ知らない面白ソーな世界が待っているような気がして来たのです。今度noritan様のそんな山行が計画されたら、行って見たいと思います。そうそう、大きなオニギリは美味しかったのですよ。食べ物の話しになると、目が輝くのです。これでは中々痩せられません。(笑)

投稿: noritan | 2013年4月22日 (月) 07時19分

尼厳山と奇妙山、確かに奇妙な名前のやまですね!知りませんでした。越後以外のの山もたまには良いでしょう。私は27日高尾山に山ガールを見に行きますよ!!

静岡の岳人さん こんばんわ。長野の山は良かったです。後ろに歴史が隠れていてちょっと覗くと面白いのです。皆神山は30年前に1度来たことがありました。『あれから30年』です。名山をガシガシ登るのもいいけど、歴史を探して里山巡りをするってのも年相応でいいと思いませんか?来週は山ガール見物ですかー。うらやましい。若い人の黄色い声を聞いているだけで元気になりますからねー。(笑)

投稿: 静岡の岳人 | 2013年4月22日 (月) 08時17分

 お世話になりました。そして、このブログでの歴史解説、なかなかのウンチクで恐れ入りました。
 折角だから、参加の皆さんにも話してもらえば良かったなぁ、そんな時間を設ければよかったなぁ・・・と反省です。
 今後もよろしく。

山いろいろ様 こんばんわ。お褒めにあずかりお恥ずかしい限りです。どういう訳かその手のものには重箱の隅を覗けるような気分で興味が湧くのですよ。だからアッチもコッチも首を突っ込んで収拾がつかない状態です。(笑)今回は山の外に地下壕見学や盛りだくさんで昔の社員旅行を思い出しました。懐かしくて、ほのぼのしみじみと、いい山行でした。また参加したいと思います。

投稿: 山いろいろ | 2013年4月22日 (月) 09時25分

松代 大本営の地下壕 そうですねー確かに記憶があります。歴史に残る山なんですね。
私は昨日、新潟ロードレース10キロを走ってきました。気温5度小雨が降り続くコンディションでしたが、幸い風がなかったので意外と走りやすかったですよ。小雨は喉が乾かない分走るには案外楽なんです。今週末は角田の宮前コースを目指そうかと思っています。このところ週末がお天気悪いんで心配なんですが。

kazu1954さん こんばんわ。新潟ロードレースを走って来られたのですね。お疲れ様でした。<走るには案外楽なんです。ーそうですかー。春の暖かさに馴れたあとだけに昨日の寒さは堪えましたが。あの寒さの中をロードレースに出るなんて尊敬しちゃいます。走っているとドーパミンが分泌されて所謂ランニングハイ状態になれるのだよ。って聞いたことがあります。一度体験したいものですが、そのレベルになる前に終わってしまいそうです。(笑)宮前コースに行かれたら「宮前」の名の由来になった鳥之子神明社に寄られてみては如何でしょうか。

投稿: kazu1954 | 2013年4月22日 (月) 17時30分

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