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2013年9月 3日 (火)

聖地巡礼(居多ケ浜を訪ねる)

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8月28日(水)くもり
今日は永年思いを暖めていた憧憬の地・居多ケ浜
(こたがはま)を訪ねました。

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ここは北陸道の米山PAです。日頃から出不精の小生も重い腰
を上げて出かけて来たのですが、片道120kmの上越市はやっ
ぱり遠いですね。
ましてや、通ったことのない道は不安なので、急遽カーナビと
ETCを取り付けたのです。

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カーナビとETCを取り付けたホントの理由は月末に仲間と槍ケ岳
に登る積りだったのです。でも今年の天気は気まぐれです。
よりによって月末の3日間だけ雨マークに変わりました。おまけに
台風まで来ています。

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いつも人の車に便乗させて貰っているので、自分一人で夜道を
運転して真夜中の12時に沢渡(松本)で現地集合するなんて
、これが初めてです。地理に不案内では目的の集合場所に辿り
着くことさえ適いませんからね。

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だから、道迷いせぬようにと、カーナビのお世話になることにした
のです。

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明るいうちに家を出たら、寄り道して先ずは直江津の五智海岸の
親鸞聖人ご上陸の地・居多ケ浜(こたがはま)を見ておきたかった
のです。

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まあ、そんな訳で槍ケ岳行は中止になったものの、頭の中はお出
かけモードにスイッチが入ってしまっているので、最初の予定どお
り上越市に向かって、車を走らせたのです。

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ナビが最初に案内してくれたのは国府別院です。入口に案内書が
出ていました。

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「承元(じょうげん)元年(1207年)親鸞聖人は専修(せんじゅ)
念仏停止(ちょうじ)の法難により、越後国府の遠流(おんる)に
なられた。
聖人は居多ケ浜(こたがはま)に上陸になり、配所竹之内草庵で
約1年住まわれ、後に竹之前(たけがはな)草庵のあったこの地
に移られました。

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ここで恵信尼公との結婚生活を営み、在家の凡夫がそのまま
救われる道を顕わされ、建保2年(1214年)関東へ旅立たれる
まで、この地でお念仏の教えを弘められました。ここは浄土真宗
の聖地というべきところです。


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文化2年(1805年)袈裟掛(けさかけ)の松の聖地跡に現本堂が
建立されました。明治9年(1872年)に小丸山別院と公称し、
昭和5年(1930年)に本願寺国府別院と改称しています。」

(本願寺国府別院 由来書)
親鸞聖人は居多ケ浜に上陸されてから、1年間を国分寺境内の
竹之内草庵で住まわれ、それから別院の地へ移られて計7年間
を過ごされた。と書いてあるようです。

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最初はカーナビが上手く機能するのか、半信半疑だったのですよ。
でも、文明の利器には敵いませんね。使って見れば重宝して、もう
手放せません。

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国府別院の次に五智国分寺に向かいました。堂々と立派な山門
です。「安国山」の文字の扁額が懸かっています。市指定文化財
だそうです。
五智国分寺は全国にある国分寺の一つで中興は上杉謙信と伝
えられる天台宗の古刹です。

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山門をくぐると長い参道と広い境内に出ました。右手に木々に囲
まれて建つ三重塔は古刹の雰囲気を醸し出しています。

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絵になる風景ですね。県指定の有形文化財です。

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あのー。居多ケ浜はどう行けばいいですかー?
「本堂の前を左に曲がれば、アスファルト道路に出るから、そこを
真っ直ぐ5分も歩けば海に出るよ。その海岸が
居多ケ浜さ。本堂
の右奥に配所竹之内草庵があるから見て行きなさい。」


と山門脇にある茶店の主人が教えてくれました。

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平日の昼間は閑散として見物客もいませんね。草庵の隣は保育
園になっていて、園児達の元気な声が響いてきました。草庵の
前に大岩が置いてありました。見ると「親鸞聖人腰掛石」と書いて
あります。

ー流罪となった親鸞聖人は国分寺境内の竹ノ内草庵で、国府
代官萩原敏景の監視の下に「延喜式」による流人の生活を一年
間送りました。ー

(引戸にワープロ書きの案内書が貼ってありました。)

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<「延喜式」によるーとは何のことでしょうか?
延喜式とは古代日本の社会制度=「律令制」といわれています。
刑法にあたる「律」、行政法の「令」、令の追加にあたる「格」、施行
細則にあたる「式」からなります。(律令格式)
延喜5年(905年)醍醐天皇の命により編纂を開始し、完成奏上は
延長5年(927年)、施行は康保4年(967年)とされています。
(ウィキペディアフリー百科事典)

親鸞聖人の配流は240年も前の延喜式に基づいて執行されたと
いうことでしょうか。現在の感覚ではとても想像できません。

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国分寺の境内を抜けて、交差点から海に向かうと住宅地の中を歩
いて行きました。海岸に下る坂の入口に「親鸞聖人御上陸ノ地」の
標柱が建っていました。

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「哲学者 梅原猛さんは、著書『日本の霊性』の中で、親鸞聖人が
「海」という言葉を使うことに注目し、北国の荒海を日夜見ながら
宗教的霊性に目覚め、そして、この地で結ばれた恵信尼公に支え
られつつ思案を深め、独自の教説を創出したのだろうと、述べて
います。
配流された「霊性の国」越後での7年間は親鸞の思想ひいては人
となりを理解する上できわめて重要な時空間であったといえます。
親鸞聖人ゆかりの地を、じっくり歩いてみてはいかがですか。
上越市」


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「もし、われ配所におもむかずは何によりてか辺鄙の群類を化せん
この猶師教の恩致なり 真宗大谷派門主 釈浄如 印」

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親鸞聖人がこの地に上陸されたのは承元元年(1207年)3月28
日だそうです。北陸道を下り木浦(このうら・現能生町)から舟でこ
の地に辿りついたと言われています。
見晴らし台から親鸞聖人が上陸したという居多ケ浜が見えます。

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見晴らし台に並んで「念仏発祥の地」の石碑がありました。

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石碑の奥には八角形の見真堂(けんしんどう)の中に親鸞聖人の
木像が安置されています。「見真」とは明治天皇が親鸞聖人に贈
った諡号(おくり名)です。

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隣の居多ケ浜記念堂でお茶を頂きながら話を聞かせてもらい
ました。
「今日午後から当住職の法話があります。よかったら聞いていき
ませんか?」

奇しくも今日28日は聖人が居多ケ浜に上陸された日だったの
ですね。

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大広間の壁に金子大栄師の書が懸けてありました。
「凡そ大信海を按ずれば、乃至、行に非ず、善に非ず、乃至、
唯是れ不可思議、不可称、不可説の信楽(しんぎょう・信心)なり。」
(教行信証・信の巻)

「海」の一字がとっても印象的です。

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ご住職の手書きでしょうか?和賛の一節が貼ってありました。
無明長夜の燈炬なり 智眼くらしとかなしむな
生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ
(正像末和賛)

小生もお勤めで唱和する和賛の一説です。
「生死大海(しょうじだいかい)の船筏(せんばつ)なり 」「燈炬」は
大いなる光明。「船筏」は船と筏(いかだ)です。

ここにも「海」の字が見えますね。親鸞聖人と海は哲学者 梅原猛
さんがいうように切り離せない存在だったのでしょうね。

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最後に居多神社に行きました。ここには七不思議の一つ
「片葉の葦」が群生しています。

今日は親鸞聖人にまつわる寺社を巡ってその足跡を偲び、思い出
に残るいい旅が出来ました。

(おわり)

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コメント

お仲間との槍ヶ岳は残念でしたが、永年思いを暖めていた憧憬の地・居多ケ浜(こたがはま)を訪ねられ良かったですね。
お陰さまで、ほんの少しですが 「越後と親鸞聖人とのかかわり?」 そして 「海?」 みたいなことを知ることができました。
しゃくなげ色さんの分かりやすい解説で私までいい旅することが出来ました。
有難うございました♪

FUKU様 おはようございます。コメントありがとうございます。居多ケ浜の高台から海を眺めて親鸞聖人の正信偈を考えてみたかったのです。文学的で哲学的で魅力的だとつくづく思いますね。誰も居ない史蹟巡りもなかなか楽しかったです。(笑)


投稿: | 2013年9月 3日 (火) 17時45分

すみません。また名前忘れました。
名前なしの書き込み、FUKU でした。 (*^_^*)

FUKU 様 おはようございます。名前がなくてもFUKU様かな?って感じでわかりました。以心伝心ですかねー(笑)。ありがとうございます。

投稿: FUKU | 2013年9月 3日 (火) 18時09分

親鸞聖人の上陸の地、初めて知りました。やはり越後は凄い!!いろいろ勉強になります!

静岡の岳人さん おはようございます。今、地元誌の朝刊に有名作家の「親鸞」が連載中です。今年は750回御遠忌法要の記念イベントが数多く開催中で、「親鸞さん」が熱いのですよ。お東さんの学僧で曽我量深師(新潟市味方)や金子大栄師(上越市高田)の偉いお坊さんも輩出していますし、小生も色々勉強になります。はい。(笑)

投稿: 静岡の岳人 | 2013年9月 4日 (水) 07時55分

良い旅でしたね。ただ、出不精というフレーズは貴兄には似合いませんが。(笑)丁度今朝刊に親鸞聖人が連載中ですね。私はあれを読んで聖人と越後の関係を知った次第です。また、聖人が居多ケ浜に上陸された日に当地を訪ねられたのも因縁なのでしょうね。

kazu1954さん おはようございます。コメントありがとうございます。たまの一人旅もいいものですね。今年は親鸞聖人の750回御遠忌引法要の記念イベントが多いですね。近々、有名パネリストの講演会に出てみようと思っています。

投稿: kazu1954 | 2013年9月 4日 (水) 09時58分

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