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2014年5月12日 (月)

ご開帳を拝観する(西山日光寺・会山行)

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5月8日(木)晴れ
今日は会山行で阿賀町の西山日光寺へ行きました。
春祭りのご開帳に立ち会うのです。

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今日のメニューは盛りだくさんです。先ず太田集落から広瀬神社
の長い石段を上って境内に出ました。お参りを済ませたらお社の
脇から杉林の道を更に上ります。

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247.8mの三角点に出ました。大峰(929m)と室谷方面の山波
がきれいですね。 今日は会山行で上川の月山を目指すのです。

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これから小ピークをいくつも越して月山神社の建つ月山(336m)
に向かいます。下見の時には残雪豊富な稜線も、すっかり消えて
若葉のトンネルに変わりました。
下見のレポは⇒こちら

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月山に着きました。小1時間で歩ける手軽なハイキングコースな
のです。小鳥のさえずりと春の花々が和ませてくれますね。月山
神社に参拝したら小山集落に下山しましょう。

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捨て田に下りて来ました。田の畦は蕗の葉で覆われています。前
の小山を越えれば林道にバスが待っていてくれるはずです。時間
はまだ10時を少し回った頃です。さて次の地点に向かいましょう。

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やって来た所は払川(はらいかわ)地区にある西山日光寺です。
GWにモモさんと訪れた時に世話役さんから春祭りで秘仏のご開
帳があると話を聞かされて、是非行ってみたいと思っていたの
です。
その時のレポは⇒こちら

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杉並木の石段を上って奥の院に着きました。1週間前までは、ひ
っそりと寂しい風景だったのに今日は違います。お御堂は参拝の
人で一杯です。左右の吹流しが祭りの気分を盛り立ててくれます。

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「オン  コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」読経が始まったよう
です。お薬師様の真言陀羅尼ですね。世話役さんが参拝の人たち
に摩訶般若波羅蜜多心経(般若心経)の本を配って廻ります。

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薬師堂縁起には「桓武天皇の御代783年に開創され…」と記され
ています。783年というと奈良時代後期ですね。
「今は天台宗となっているが最初は法相宗(ほっそう)だったのだ
よ。奥州徳一(とくいつ)が天台宗を開いた最澄との法論に負けて
転宗して法相宗から天台宗になったんだ。」と世話役さんが教えて
くれました。

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法相宗(ほっそう)は南都六宗のひとつ。奈良の興福寺や薬師寺
を大本山とする唯識(ゆいしき・万有は識(しき)すなわち心の働き
によるもの)を求明する宗派ですね。僧・徳一(とくいつ)は南都高
僧の一人に数えられる偉いお坊様だったのです。日光寺は僧・徳
一に開創されたお寺だったのですね。

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新潟県は「峰の薬師」信仰が盛んと聞きましたが、このお寺が県内
随一の古刹と聞けば納得です。

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護摩焚きが始まりました。いよいよご開帳が迫りました。

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「もう後5分位かなー。いよいよご開帳だよ。待っていなさい。」
そう言われて待ったのですがー。中々ご開帳になりませんね。
隣の村の人が「後1時間は掛かるよ。ここからが長いんだ。ー」

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じゃぁ。とその間にオイラたちは昼食を済ませてしまいましょうか。

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ゆっくりランチを頂いて、野点(のだて)の喫茶までご相伴に預か
りました。

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さーてと。頃合もヨシと戻ろうと腰をあげたら、おやー!お下がり
を抱えて、引き上げて来る村の人たちとスライドしたではありませ
んか。

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困った顔を見つけて「でも、大丈夫。和尚さんに引き続き拝観でき
るように話し通して置いたよ。」と世話役さんがさり気なく言うので
す。村の方は親切ですー。

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薬師様の左右の脇侍の仏様はどなたですか?と和尚様に聞いた
ら、「日光・月光菩薩だよ。」って言われました。どこかシルクロード
を旅してこられた雰囲気がありました。開帳された本尊様に敬って
お参りさせて貰いました。

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いつもは無住の庫裡もこの日ばかりは近郷近在の参詣者で溢れ
ています。往時は人が大勢いて活気のあるお寺だったのでしょう。

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午後からはたきがしら湿原に向かいました。湿原と来れば水バシ
ョウですね。でもちょっともう盛りを過ぎていましたかね。1周15分。
木道を周回すると春の花々が咲く別天地でした。

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(クリック拡大)
帰りの途中、大尾の不動滝に立ち寄りました。迫力の大滝でした。

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今日も晴れて思い出に残るいい山旅ができました。

(おわり)

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コメント

しゃくなげいろさま
お役目ご苦労様です。
越後の古刹を拝観し、歴史も学ぶ、素晴らしい会山行と
拍手を送ります。
参加すれば良かったと、少々後悔。
このような山行が会にとっては大事だと思いますよ。

小生、一応門徒ですが般若心経は半分一寸諳んじていますが、なかなか全部覚えきれません。
脳の機能・細胞の破壊が進んでいるんでしょうね。

輝ジィ~ジ様 おはようございます。コメント感謝です。般若心経は聴いても読んでも魅力的ですね。難解なところが。(笑)以前新井満氏の「自由訳般若心経」という本を読みました。「空」はよくわかりませんね。

投稿: 輝ジィ~ジ | 2014年5月12日 (月) 19時35分

物知りのしゃくなげいろさま
ところで質問ですが、県内最古の古刹は
和銅2年の国上寺と思っているのですが・・・

蛇足
2,3年前 トーハクで空海と真言曼荼羅を見に行ったのですが、超 満員で秋に京都 東寺へ行ってゆっくり拝観しました。
日光・月光菩薩像も勿論。

輝ジィ~ジ様 コメント感謝です。おっしゃるとおりですね。延暦元年は783年、和銅2年は709年で70余年も後でした。世話役さんの「おらが村が一番」の話しにまんまと乗ってしまいました。年代くらいは自分で確かめないとですね。反省です。頭コツンです。和銅は遣唐使が唐から銅銭鋳造の技術を持ち帰って和銭の製造使用を奨励した年で、国上寺は真言寺院で修験の本拠地だったといいますし、弥彦山は銅山ですからそのころから既に銅山開発が盛んだったってことでしょうか。興味が湧きますね。輝ジィ~ジ様のヒントで点が線につながった感じです。ありがとうございます。

投稿: 輝ジィ~ジ | 2014年5月12日 (月) 19時48分

おはようございます。
自由訳 般若心経は私も読みました。
何か、解ったような気がしたものです。(笑)解説本の中では私のレベルでも理解しやすい本でしたね。
今も机の端に修証義と並んで置いてあります。

kazu1954さん おはようございます。修証義というと禅宗ですね。昔インド哲学で「0」(ゼロ)が発見されました。ゼロはプラスもマイナスも全てを飲み込む思想です。それが中国に伝わって「空」(くう)に漢訳されたと司馬遼太郎先生の話しで聴いたことがありました。「空」は大いなる(0)の思想だというのです。難しい話ですね。

投稿: kazu1954 | 2014年5月13日 (火) 09時55分

こんばんわ。
今年1月、会の初山行で雪の「上川の月山」を歩いたのですが、春はこんな風なのですね。
ご開帳の素朴な雰囲気が伝わってきて仄々とした気持になりました~♪

FUKU様 おはようございます。訪問感謝です。そうそう、積雪豊富な1月のワカン山行は楽しそうでしたね。春、若葉の頃の月山もオイラ好きです。日光寺のご開帳は初めて拝観しました。近在の人たちが集まって、いつもはひっそりした山寺がこの日ばかりは華やいで見えました。ほのぼのとして癒されました。秋の「戸立の薬師」の頃また訪れてみたいですね。

投稿: FUKU | 2014年5月14日 (水) 22時43分

ご無沙汰しました!GWに八ケ岳の硫黄岳に登り下山中に転倒、右足首骨折して今日まで入院していました。当分登山は禁止です!貴兄のブログを見るのが唯一の楽しみです。山菜採り楽しそうですね。日光寺も歴史のある寺なんですね!

静岡の岳人さん おはようございます。ご退院おめでとうございます。それにしても大怪我でしたね。痛みに耐えて自力で下山は立派です。今までハードタイプの山行ばかりだったから、少し冷却期間も必要かもですね。ゆっくり静養してください。元気になったらオイラみたいに低山ハイクもいいと思うようになるかもですね。(笑)

投稿: 静岡の岳人 | 2014年5月18日 (日) 14時29分

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