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2014年10月30日 (木)

稲田御坊を訪ねる(笠間市)

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10月19日(日)晴れ
翌日は浄土真宗発祥の地となった「稲田の草庵」
を訪ねました。境内はひっそりと静かでした。

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『はじめのうち、親鸞とその家族は東国を転々として、落ち着く先
がなかなか定まらなかった。やがて、常陸国笠間郡の稲田郷とい
うところに腰を落ち着けることになった。以後ふたたび京都に帰る
までのほぼ20年間を、その地で過ごす。ー』

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『ーこの稲田の田舎住まいのなかで、『教行信証』の草稿が書かれ
ることになる。(中略)それだけではない。この土地は、あの親鸞の
輝くような言葉を後世に伝えた『嘆異抄』の作者、唯円の故郷でも
あったことに注意しなければならない。ー』

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『ーこの稲田の里から南方約20キロの地点に、筑波山が見える。
(中略)親鸞は越後から常陸に移って海の姿とは明らかにちがう
山のかたちに対面することになったのである。この筑波山麓では
どのような音を聞いて過ごしたのであろうか。』
(山折哲雄著 「親鸞を読む」岩波新書より)

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『ーそれからもう一つ、親鸞は陶淵明を愛読していた。とくにかれ
の「帰去来の辞」だ。「帰りなんいざ、田園まさに荒れなんとす」と
うたっているあれである。ー』

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『ー陶淵明は役人の生活を辞して田舎に還り、悠然として南山を仰
いで暮らした。親鸞は「帰去来の辞」を知っていただけではない。い
つも口ずさんでいたのではないか。ー』(山折哲雄著「親鸞を読む」)

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山折哲雄著「親鸞を読む」は何度読み返しても味のあるいい本で
す。深い洞察と滑らかな筆致が気に入って、いい本にめぐり合っ
たと思っているのです。この旅に誘われた時、「帰去来の辞」が直
ぐに思い浮かんだのです。親鸞さんが仰ぎ見た筑波山を笠間の地
に立ってオイラも見てみたいと思ったのですよ。

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『教行信証』は親鸞聖人が関東布教の間に執筆された全6巻の浄
土真宗の根本聖典なのです。オイラもお勤めしている「正信偈」は
「行巻」の巻末に置かれる偈頌なのです。

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『教行信証』の草稿本が稲田の草庵で完成したから、稲田が浄土
真宗の発祥の地となったのですね。 

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いてふ黄葉稲田御坊の静もれり
(いちょうもみじいなだごぼうのしずもれり)

蜘蛛の囲を陽に透かし見る秋高し
(くものいをひにすかしみるあきたかし)

訪れた早朝の境内は参詣者は誰も居ず、ひっそりと静かでした。
一回りしてきたら一句浮かんだのでー。

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念願の地は踏めたし、さて、次は何処に行こうかな。
「じゃぁ、稲田から近い、あそこへ寄ろう。」

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と、やって来たのは。由緒ある石段(厄除け石段)を上って行くと

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着いた所は坂東24番札所の楽法寺、通称雨引観音です。関東
地方屈指の霊場だそうです。雨引観音は子育て観音なので着飾
った子供の手を引いてお参りする家族の姿を多く見かけました。

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境内でひと際目立っているのは多宝塔です。絵になりますね。

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雨引山を下りたら隣の加波山(かばさん・709m)に向かいました。
車でいける所まで行ってみようじゃないか。と前の道を山に向かっ
たのです。

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真壁側からの親宮路(おやみやじ)の舗装道路を車で上って行
きました。4合目辺りから採石場が現れます。道幅が狭まって勾
配が急になり始めました。前方から軽トラが下って来ました。すれ
違いが道幅ギリギリなので、降りて誘導しなければなりませんでし
た。採石運搬のオジサンが“アリガトよ。”って手を揚げて降りて行
きました。

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5合目が車道の終点です。隣の筑波山と比べるとマイナー感は否
めませんね。悪路を走行したので車はすっかり泥んこです。

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加波山は禅定(ぜんじょう)の山、山伏さんたちの修行の山だった
のです。加波山を後に一路下館に向かいました。さらば加波山。
また来る日まで。

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加波山を後に見ながら川をいくつも渡りました。川で落鮎釣りでし
ょうか。時期的に鮭も遡上するというから鮭獲りかな?絵になる風
景に出会いました。 

鮭のぼる母なる川や金風忌

金風忌は素十忌ともいいます。10月4日は俳人・高野素十の忌日
です。秋の季語になっています。幼少の頃は小貝川で遊んだとい
います。

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筑波連山も大分遠のきました。下館に着いたらはや、帰り仕度を
しなければなりません。その前に加波山事件の顕彰碑を見ておこ
うと、町の高台に向かいました。

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(クリック拡大)
「自由民権の魁(さきがけ) 加波山事件志士の碑 」

明治17年民権家16人の志士が加波山に決起し山頂に「自由立
憲」の旗を掲げた事件である。明治政府の圧政に抗し「立憲政府
樹立と自由と民主主義を願った行動だった。」と書いてあります。

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お昼に旨い飯を喰わせてやるよ。と兄が言うのでついて行きまし
た。「やぁ。こんにちはー。」
「いらっしゃい。よう。珍しいねー!元気だったかい。」
いいですねー。仲間の会話ってのは。聞いていて気分がいい。

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昔ながらのラーメンですね。あぁ。いい匂い。食欲出ますー。

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「ラーメン450円?安すぎー。もっと高くしろ。」と兄。
「いいんだよ。これで。そんなに高くしたら客こなくなっちまわー。」

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いいねー。そんな会話が聞けただけでも寄った甲斐がありました。
ラーメンとっても美味しかったですよー。

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きれいに洗車してレンタカーを返したら、小山までの電車に飛び乗
りました。

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行き当たりバッタリの旅もいいものです。小山で乗り換えて大宮へ
向かう新幹線を待つ間にコーヒーブレイクです。

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大宮に着いたら新潟へ向かう上越新幹線の乗るまで大分待ち時
間があるので、一旦下車して駅前のレストランでビールを一杯。
乾いたのどに冷えたビールが旨かったー。

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駅構内で買ったご当地弁当を車内で開いたら、丁度通りかかっ
た車内販売を呼び止めて、またまたビールを。あー美味いー。腹
も足りて、ウトウトしているうちに新潟に帰り着いたのです。

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兄に誘われて、ついて行っただけの旅でしたが、念願だった稲田
御坊を訪ね、筑波連山にも登れたし、素十の世界にも少しだけ近
づけたかな?って思うと、中々いい思い出になりました。

(おわり)

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コメント

おはようございます。
良い旅でしたね。何か読み進めていくと、
ホンワカと言うかハンナリというか、
旅の風情が伝わってきます。

kazu1954さん おはようございます。「土日限定で首都圏乗り降り自由で安いですから」と駅員さんに勧められて切符を買ったのです。レンタカーもナビ付きだし後は風任せ。(笑)便利な時代になりましたね。2人でふらりふらりと時間に縛られない旅っていいもんですね。

投稿: kazu1954 | 2014年10月30日 (木) 09時56分

しゃくなげいろさま
筑波山だけなら兎も角、流石お兄上良き企画され
感動いたしております。(正直)
小生、一応門徒なる故、稲田と親鸞聖人との
関わりも少しは知っています。
子供の頃、飴が欲しくて近所の寺の日曜学校へ
通っていたので“正信偈”も今でも10数行~20行程度は・・・

楽法寺は知りませんし行ったことも有りませんが
加波山事件は一応覚えています。
その近くに兄上様の馴染の食堂、良いですねぇ~
素十忌にも絡め、羨ましき兄弟旅.
もう最高ですね。

輝ジィ~ジ様 おはようございます。いつもありがとうございます。輝ジィ~ジ様の兄上孝行には及びませんが偶の兄弟旅も、のんびりといいものですね。お寺の日曜学校ありました。懐かしいです。毎日あげる“お正信偈”は親鸞さんに親しみを感じます。メニューは兄任せなので、何処をどう通ったのかよく判りませんでした。(笑)素十が幼少に遊んだ、かもしれない小貝川の風情は印象に残りました。偶の県外旅行もいいものですね。

投稿: 輝ジィ~ジ | 2014年10月30日 (木) 19時58分

何と、我が地元まで遠征に来ていたんですね。私が筑波山に登ったのは、思い出せないくらい遠い昔です。稲田御坊も知りませんでした。せめて、ラーメンだけは探して食べに行ってみます!

茨城の後輩さん こんばんは。お立ち寄りありがとうございます。筑波山頂から霞ケ浦が見えたら茨城の後輩さんのことをちょっぴり思い出していたのですよ。茨城はだだ広くて、からっと明るくて新潟とは違う印象ですね。筑波山も稲田も良かったです。茨城が好きになりました。(笑)

投稿: 茨城の後輩 | 2014年10月31日 (金) 12時52分

稲田の草庵と雨引観音見事な建物ですね!茨城へ行ってもラーメンですね、さすがです!久々に兄さんとの山行、観光良かったですね! 

静岡の岳人さん こんばんは。実を言うと稲田の草庵からは筑波山が見えませんでした。加波山辺りは見えるようですが。(笑)雨引観音は立派な山寺でした。450円ラーメンは今時リーズナブルで貴重ですね。時間に縛られずのぶらぶら旅も偶にいいものです。

投稿: 静岡の岳人 | 2014年10月31日 (金) 14時05分

盛だくさんの関東の旅、実り多くて良かったですね。
弟子は一人も持たなかった親鸞、皮肉にも関東布教で悪人正機説の解釈を間違えた息子を義絶するのは厳しかったでしょうね。
加波山は10年ほど前に登っていますが、あまり好感度は高くなかったですね。

山いろいろ様 こんばんは。お立ち寄りコメントありがとうございます。走り々でしたが印象的な旅が出来ました。84歳の老聖人に善鸞義絶は堪えたでしょうね。親鸞さんが苦悩する姿って親近感を覚えるのですよ。生きるヒントが見つかるかもと「嘆異抄」を読み返すのですが、これがなかなか。親鸞聖人が上人でなかったところが魅力的に思えるのです。加波山が筑波山と雰囲気が違うのは、加波山は禅定の山だからでしょうか?

投稿: 山いろいろ | 2014年11月 4日 (火) 11時34分

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