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2014年11月 2日 (日)

晩秋の里山を歩く(月岡御岳山)

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10月23日(木)くもり後晴れ
ブナ林を登る2人の登山者。背景をそのまま縁取
って、絵にするなんて、洒落てますね。

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カーナビを月岡運動公園にセットして新潟を出発したら、苦もなく
ここへ連れて来てくれました。堀之内ICを出て魚野川を渡り対岸
の山道に入ります。堀之内高校の前の坂を上ると間もなく到着で
す。でも、だだ広くて登山口はどこか、わかりません。

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トイレ休憩して、公園事務所の人に登山口までの道順を聞いたの
です。「それはね。この、前の道を直進してT字路に出るから、左
折して、1km進んだ先にありますよ。」

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ありました。「登山口」と書いた標柱です。路肩に3台がすでに駐
車していました。オイラも車列の後に続いて駐車しました。

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小綺麗な、中々感じいいの登山口です。道順さえ判ってしまえば
来易い所です。今日は来年の会山行の下見に来たのです。

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未舗装道を進むと、上に駐車場がありました。5、6台は駐車でき
そうです。

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現在地をスタートしてブナ林⇒御岳山⇒大平(おおだいら)⇒FM
塔と上へ進みます。  越後三山の眺めがいいのでしょうね。

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こんにちはー。ご精が出ますね。

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どんぐりと落葉を敷き詰めたぶな林の道。里山の景色には癒され
ますね。

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急坂を登っていくと、途中で下ってくる人とスライドしました。手に
持ったビニール袋が膨らんでます。キノコかなー?

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「ホラ。こんなに。」と見せてくれたのは苔でした。
「盆栽が趣味なのよ。」

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見晴らしが利く小ピークに出ました。ピーク毎に名前の付いた標識
が立っています。

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絵が逆さま?そうなのです。ここに足を置いて股のぞきすると、
こうなります。遊び心が生きてます。

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「あそこはいいよ。殊に春、残雪の頃の越後三山がいいねー。」っ
て友人に教えられてたので、いつか来て見たかったのです。

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避難小屋が建っていました。中はストーブに薪も揃っていてこれ
からの冬は助かりますね。

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避難小屋を過ぎて間もなく小広場に出ました。ここが御嶽山の山
頂です。登山口から丁度40分で着きました。

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八海山の方角を向いて石碑が建っています。この度の御岳山噴
火は痛ましい事故でした。皆で黙祷をしました。

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石碑の文字は真ん中に御嶽山大神、右が八海山大神、左が三笠
山大神と読めます。石碑の由来は地元の御岳講の修験者が建て
たと聞きました。

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(クリック拡大) 昭和8年建立と読めます
『御嶽講は尾張の修験者覚明上人が安永、天明年間に、木曽御
嶽山信仰の荒廃を憂い御嶽道の再開を念願して、多くの信者を
集め御嶽講を創立したのに始まる。

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寛政4年に秩父の修験者普寛上人が王滝口登山道を開削し、
多くの門弟を育成し江戸を中心に御嶽信仰講中は普寛講、一心
講などの講中が全国に普及した。

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『寛政6年普寛上人が霊山巡礼の途上、八海山に入って修行し
た。大崎村大前神社神官山田家の分家源蔵は長森の満願寺の
法印の弟子であったが、普寛上人の厳しい修行に感銘し、御嶽
教に入門して泰賢行者となった。

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寛政10年諸国修行から泰賢行者が帰って、現里宮の下の馬止
平の洞窟に籠り、3ケ年の穀断ち木食行、塩断ち、断食などの夜
行をなし、30歳の享和3年6月2日に八海山大崎口の開発を成
就し自作の不動明王の木像を残して八海山御嶽講の開祖と仰
がれるに至った。』
(大崎八海社務所山田家文書 越後の山旅 藤島玄著)

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泰賢行者が普寛行者と兄弟格となったことで八海山御嶽講が普
及したのですね。御嶽山の名前を冠する山が近くに他にないかと
探したら、魚沼市(旧広神村)に標高204mがありました。
(百山百色)

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大平(おおだいら)に着きました。小広場になっていて東屋が建っ
ています。

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東屋の前には案内盤があって八海山を遥拝する場所になって
いました。春、晴れた日に残雪の八海山を見たいものです。

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道幅が広くなりました。遠くにFM塔が見えます。時間も早いので
FM塔まで進んでみることにしました。

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うるし紅葉はキレイです。秋の季語です。

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FM塔の立つ尾根は魚沼市と南魚沼市を分かつ境界だったので
す。尾根の向こう側は八色原です。

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FM塔から折り返して、先ほどの東屋でランチにしようと戻ったら
既に先客がいました。地元のオジサン達です。
「ここへは毎日来るよ。FM塔までは遠いけど、ここまでなら直ぐ
だからサ。年に200回は来るよ。」

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「大力山もいいけどさ。こっちの方が景色がいいね。殊に春。残
雪の頃はいいよ。越後三山が真正面でサ。一日眺めてても飽き
ないね。」あーなるほど。左様ですか。

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じゃぁ、今度来年春にまた来て見ます。

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と、期待に背かず、いい山でした。ランチの後は来た道を戻り
ます。

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下山したら、小出へ出て駒見の湯に寄って行く事にしました。

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歳摂ったら、のんびり、ゆったり年に200回も通えるような山行も
いいかもしれません。

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(クリック拡大)

歩いた軌跡(GPS)
国土地理院背景地図等データ利用許諾番号2011-005号

歩程 3:30(上り2:30 下り1:00 (休憩含む)

(おわり)

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コメント

しゃくなげいろさま
御嶽山、晴れれば越後三山の良き展望台です。
股のぞきには気が付きませんでした。
つい最近設置したのかなぁ?
御嶽山 八海山 山岳信仰修験の道の伝播、
IT社会の現代と異なり、如何なる手段が
採られたのでしょう?

輝ジィ~ジ様 おはようございます。いつもコメントありがとうございます。御嶽山は山遊会の人たちの手入れが行き届いて気持ちよく登れました。股覗きも新趣向の様です。御嶽講の普及は江戸幕藩時代、各所に関所があって通行不便なところも法印様に先導された白装束姿の御山参り集団は超法規で大目に見てもらえたから、庶民の旅行熱も手伝って広まったとも思えますが如何でしょうか。

投稿: 輝ジィ~ジ | 2014年11月 3日 (月) 08時02分

もう来年の山行下見ですか、随分と気が早いことで、鬼が大笑いしますよ!ご苦労様です!越後三山が良く見える山ですか、良いですね!

静岡の岳人さん おはようございます。昨日今日と随分寒くなってもう直ぐ雪です。実は雪が降ったらワカン履いて里山歩きをするためにも下見に行ったのです。高い山は行けないけど300mくらいの雪の里山歩きも楽しいのですよ。オニギリ持ってお茶持って山頂から越後三山を眺める日も近いようです。

投稿: 静岡の岳人 | 2014年11月 3日 (月) 12時20分

今朝は冷え込みましたね!!
今年の白鳥の飛来は早かったようです。快晴の大空に隊列を組んでV字飛行をする様は
なかなかのものですよね!!
雪の里山歩き!ベテランは楽しみ方が多様ですね。

kazu1954さん おはようございます。白鳥の鉤飛行ですか。青い空を行く絵が見えるようです。昨日は階上の社員食堂から飯豊連峰の冠雪が見えました。いよいよ冬到来ですね。魚沼御嶽山は貴兄が走られる浦佐マラソンの会場近くです。雪が積もったら、わかん履いて一緒に出かけませんか。

投稿: kazu1954 | 2014年11月 5日 (水) 10時16分

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