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2016年6月 5日 (日)

佐渡金銀山古道を歩く

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<拡大>5月19日(木)晴れ
佐渡2日目は相川の金銀山古道を鶴子銀山跡
まで歩きました。終始ヤブっぽい道でした。

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(クリック)第3駐車場から道遊割戸が間近に望めました。江戸の昔
穿子衆(ほりこ)が鑿一丁で露頭掘りしたという岩山が間近で大迫
力で眺められました。

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ここ(第3駐車場)をスタートして金山町相川の歴史が始まったと
される上相川集落跡の高台へ上り、西五十里道を辿って笠取峠
まで2時間、更に鶴子銀山跡まで約1時間の道程です。

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慶長6年(1601)に鶴子(つるし)銀山の山主(やまし)3人が相川
山を発見して金山町相川が誕生したというのです。最初の金山町
は道遊の割戸の東側に上相川町が出来たのでした。

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有力山主は間山衆(あいのやま)といわれ、自分の名前をつけた
町を開きました。金児(かなこ=山主の下について穿子(ほりこ)を
抱えて鉱区を任された人たち)と町に住みました。

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町の規模は総面積約21ヘクタール(約3000坪)という広大なも
ので江戸時代初め頃に「上相川千軒」と呼ばれる程に繁昌しまし
た。慶安5年(1652)には22~23の町があったそうです。

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江戸中期の16の町跡や寺院跡が現存していて、労働者や職人は
北陸出身者が多く、戦乱で家を焼出されて集団で佐渡へ渡ったの
は越前、越中、加賀、能登から来た人たちでした。

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この町に110ヶ寺ある寺院のうち主なところで浄土真宗が32、
浄土宗が24、日蓮宗22、禅宗13、真言11、天台6、時宗2で首
位を浄土真宗が占めました。寺院密度は京都をも凌ぐ勢いだった
ようです。

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(クリック)木の間越の北側に道遊の割戸を望む高台に出ました。
今は鬱蒼と草ヤブが茂る廃墟と化していました。

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天領以前の佐渡の人口は5万5千人前後だったものが17世紀初
頭にこの鉱山町が出来上がり、その後20~30年間に更に4万人
が移住して島の人口は10万人に達したといわれます。

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高台の町跡の大山祇神社跡で小休憩をしました。古道はヤブ道が
続いて不明瞭な所は踏み跡を外さないように案内板を拾いながら
の歩きとなりました。

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(クリック)織田信長の娘松君姫の墓がありました。織田信長の娘
がおちぶれて比丘尼になり、“御寮様”といわれるリーダーになっ
て熊野比丘尼や山伏を引率して来島したという伝説です。

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布教のために地獄極楽の十界曼荼羅の絵軸を掛けて熊野信仰の
絵解きをして「絵解き比丘尼」といわれました。腰に柄杓を差し、「勧
進勧進」と物乞いして米をもらって歩いたので柄杓といえば熊野比
丘尼の代名詞になったといいます。

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初め柄杓町をつくって住み、「柄杓役」という税を奉行所に納めて
なかば公認された傾城稼業もしていたと伝えられています。(「佐
渡四民風俗」)後に柄杓町から九郎左衛門町に集団移転して承応
3年(1654)に亡くなったと書かれています。

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杉林の急な坂を上ると平坦な杉の植林地に出ました。番所跡と案
内板がありました。辺り一帯はどこもかしこも蟒蛇草(うわばみそう
)で覆われていました。

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晩のおかずに少しだけいただきました。

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茶屋平には飲食店の町家が並んでいたのでしょうか。茶屋平の案
内板の下でお弁当を広げました。民宿のおばちゃんのおにぎりが
とっても美味しかったです。

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漸く峠に着きました。今は草茫々のこの道が400年前には多くの
物資や人たちで賑わっていたのは遠い昔の物語です。

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(クリック)ここから更に1時間、佐渡の金銀山開発の魁となった
鶴子銀山まで下りました。

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(クリック)山中で金塊ならぬ“金蘭(きんらん)”を見つけました。
貴重種です。

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山中の広々とした台地に出ました。天正17年上杉景勝が直江山
城守を送って佐渡を領国すると陣屋を建てて代官所が置かれま
した。

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文禄4年(1595)に石見国より来島した山主3人がもたらした当
時の先端技術によって生産量が増え、「鶴子千軒」と呼ばれる程
に栄えたと伝えられます。

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今日は金銀山古道を歩いて近世の佐渡の鉱山町跡を辿りました。
この貴重な佐渡金銀山が世界遺産に登録される日が来ることを
祈っています。
佐渡島よさらばまた来る日まで。

参考文献 「佐渡金山」(磯部欣三著 中公文庫)
       「新にいがた歴史紀行 12佐渡市」(佐藤利夫著
       新潟日報事業社)

(おわり)


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コメント

金銀山古道はなかなかマニアックな道ですね!佐渡金銀山の歴史も良く解りました、世界遺産に登録されると良いですね。

静岡の岳人さん おはようございます。古道は少しヤブっぽかったけどなかなか味わい深いいい道でした。400年前に金山町の狭い地域に犇めくように暮らしていた人たちの文化と今の廃墟との落差に驚きました。またいつかゆっくり歩いてみたいですね。

投稿: | 2016年6月 5日 (日) 14時36分

しゃくなげいろさま
会山行でしょうか?
佐渡は歴史の宝庫、興味は尽きません。
出来れば数日間逗留したいもの。

輝ジィ~ジ様 おはようございます。いつもありがとうございます。ホントにそう思いますね。金山文化の裾野の広さに驚きました。今度機会があったら泊って相川音頭の流しをライブで見てみたいものですが。

投稿: 輝ジィ~ジ | 2016年6月14日 (火) 10時06分

2021年1月23日夜テレビで、佐渡の金山の歴史が放映されました、私は初めての内容だったので、興味深く見ていました。またこの続きを、見たい知りたいと思いました。

投稿: 寺沢光三ー | 2021年1月24日 (日) 19時06分

寺沢光三ーさん 訪問ありがとうございます。佐渡金山は今世界
遺産登録に向けて一生懸命です。金銀山古道はガイドブックに
載らない面白さがありますね。是非一度ご自分の足で歩かれる
ことをお勧めします。

投稿: シャクナゲ色 | 2021年1月25日 (月) 18時47分

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