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2016年6月 1日 (水)

猿地蔵を訪ねる(聖籠町)

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<拡大>5月15日(日)晴れ
聖籠町の次第浜にあるユニークな石仏を拝み
に出かけました。

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石猿(せきえん)というそうです。簡単にいえば猿形の石仏です。
まだ民俗学でもよく解明されていないようですが、今のところ帰化
人の民族信仰に関係あるものとされているようです。

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60年に1度回ってくる庚申の年を御縁年と言って盛大に祭典が行
われました。庚申の「申」に猿があてられ、神使(しんし即ち神の使
わしめ)として登場してくる事になったといわれます。

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聖籠町次第浜の村落の西端の小字浜山の入口に六体あります。
庚申像はほとんどが高さ45糎(センチメートル)幅27糎位の大き
さで、手に桃を持ったり手で頭を掻いているなど、可愛らしいポー
ズをしています。

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大変珍しいもので、おそらく県内でも猿像の庚申像はここだけの
ようです。猿像の台座を見ると昭和2年11月と刻んだものが1基
ありました。察するに他の像もそんなに古いものではないかもしれ
ません。

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六体の猿の像に加えて庚申塔の主尊青面金剛像(しょうめんこん
ごう明王像即ち夜叉神のことです。)および文字の塔、石を押し込
んである石祠の塞の神、三宝荒神(文字塔)といった多彩な顔触
れです。

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道教では人間の体内に三尸(さんし)という3種類の悪虫が棲みつ
いていて、人の睡眠中に庚申の日(60日に1度)の夜に天帝に悪
事の全てを報告に行くというのです。

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だから三尸が活動する庚申の日の夜は眠ってはならないとされて
村人が集まって徹夜で過ごす「庚申待」の風習がありました。

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「地元の人たちは「庚申塚の猿地蔵」と親しく呼んでいた。猿は日本
では古来より「馬の守護神」とされてきたが、中国からは“桃を持っ
た猿”を「魔よけ」として祀る慣習も伝わっている。

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「越後の性神・風神・その他」(吉田郁生)によると、かって次第浜で
は庚申信仰がたいへん盛んで夜通しお祭りをしていたそうである。
そして庚申の日を挟んでの三日間は精進料理で、魚は絶対に食
べなかったという。」(「越後・佐渡の石仏」(石田哲弥著)

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神社には「神の使わしめ」(神使しんし)としての動物がそれぞれ定
まっているといいます。昨年訪れた加茂の猿毛岳の猿は麓の日吉
神社と関係があるかもしれません。

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登山の折に山間の集落の出入り口でよく見かける庚申塚や二十
三夜塔は村の人たちの熱心な庚申信仰の現れだったのですね。
露涼し二十三夜の月明り

参考文献 「越後・佐渡の石仏」(石田哲弥著)
       「越後の性神・風神・その他」(吉田郁生著)


(おわり)

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コメント

猿の石仏は確かに珍しいですね!庚申塚はあちこちで良く見ますが!いろいろと勉強になりますね!ありがとうございます。

静岡の岳人さん おはようございます。登る山の名前が神仏に因むのは神仏習合の修験道の所産だと思いますが、南アの洗礼を受けた最初の山が夜叉神峠で青面金剛(夜叉神)に因むと分かったら、なぜかあの頃を思い出して懐かしくなりました。(笑)

投稿: 静岡の岳人 | 2016年6月 1日 (水) 10時12分

しゃくなげいろさま
またまた当たり前なれど知らなかったレポで
勉強になりました。
良くもまぁ幅広い知識に何時もながら敬服です。

輝ジィ~ジ様 おはようございます。いつもありがとうございます。次第浜の石猿像はユニークですね。山間の集落の入口には庚申塚や二十三夜塔をよく目にしますが県内はフォークロアの宝庫だと思います。

投稿: 輝ジィ~ジ | 2016年6月 6日 (月) 09時38分

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