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2017年6月16日 (金)

奥の院を訪ねる(檀特山)

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檀特山の開創と縁起にかかわる奥の院を訪ね
ました。原始林地帯は巨杉が次々現れました。

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林道を進み標識から登山道に入りました。

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樋状の道脇にヤマオダマキ(山苧環)がひっそり咲いていました。

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(拡大)
裏佐渡の海霧(じり)降る峪の古代杉
尾根伝いに超弩級の巨杉が時々霧の中から現れました。

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右へ下れば石名林道の登山口へ出ます。ここは左へ。佐渡在住
の山の仲間が書いてくれた下見地図が大いに役立ちました。

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大同二年(807年)に弘法大師が佐渡へ渡り、檀特山を開いたと
いう伝承は、早くから檀特山一帯が真言宗系の修行者の聖地だっ
たと推察できます。

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檀特山の山名の謂れは釈迦が印度で修行された山の自然環境を
擬して名付けた修行者がここに釈迦堂を建立して修行の拠点にし
たと云われます。

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『縁起記』によれば天正18年(1590)に弾誓上人が佐渡を訪れ
ました。檀特山に6ヶ年間籠って木喰行を修行するうち、悟りを得
たと伝えられています。

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弾誓上人が佐渡を去った後、次々上人の遺徳を慕い修行者が佐
渡へ渡りました。明和9年(1772)佐渡に渡った木喰行道は在島
4年の間に広く巡歴して荒廃した仏塔仏跡を再興していきました。

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幾代経し五輪塔婆に苔の花

奥の院に着きました。境内は小広い台地の隅に苔むした五輪塔や
幾世代も経て摩耗して石に還った石仏群がありました。

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奥の院は昔は釈迦堂と云い、瓦葺の御堂でしたが昭和42年の台
風で倒壊してしまい、今は簡素な小屋になりました。

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(クリック拡大)
GPS軌跡・青線が今日歩いた軌跡です。これから和木ー石名縦貫
道を石名集落へ下り、檀特山の別当寺である石名清水寺(いしな
せいすいじ)に向かいました。

(おわり)

参考図書 『越後・佐渡の山岳修験』(修験道歴史民俗論集3 
        鈴木昭英 著 ㈱法蔵館発行)




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コメント

霧に煙る古代杉が何とも神秘的で凄いですね!苔むした五輪塔や摩耗して石に還った石仏群など奥の院もなかなか歴史がありますね!

静岡の岳人さん こんにちは。佐渡が幕府の天領だった頃、金鉱山の精錬に必要な燃料として伐採されたので金北山方面は巨杉がないのに外海府は交通不便の為に伐採されずに残ったようです。北佐渡は信仰の歴史が受け継がれていて興味深い所ですね。

投稿: 静岡の岳人 | 2017年6月16日 (金) 14時00分

なにか、神の領域を歩いているような感じですね!

kazu1954さん おはようございます。山霧が懸かって幻想的でした。奥の院周辺は確かに神域って感じがしましたね。

投稿: kazu1954 | 2017年6月20日 (火) 10時48分

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