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2018年7月 9日 (月)

賽の河原を歩く

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6月15日(金)晴
佐渡の北端「願」集落から海沿いを賽の河原
へ歩きました。

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岩谷口の岩窟で悟りを開いた弾誓上人はやがて弟子の担唱を伴
って遊行の旅に出ました。

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小木湊から出雲崎へ渡り、越後米山、信州中野・須坂を経由して
善光寺に詣で、善行寺の裏山の虫蔵の岩屋に留まり各地に念仏
を弘めました。

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やがて弾誓は江戸へ出て番隨意院白道のもとを訪れました。互
いに師資の芳契を結び、弾誓阿弥陀仏は檀特山弥陀直受の法の
口訣を伝え、番隨和尚から白旗一流の法を伝授されたのでした。

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その後、箱根に山居し慶長13年(1613)に京都古知谷の阿弥陀
寺の岩屋で生涯を終えたと伝えられます。師を看取った担唱上人
は元和四年(1618)に佐渡へ戻りました。

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島に戻った木食但唱は各地に地蔵信仰を再興しました。佐渡の北
端、願地内に「賽の河原」をつくったのは担唱上人といわれます。

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弾誓上人が悟りを開いた岩谷口はこの世とあの世の境目でした。
入口からその先へ暗闇を来世に向かって歩くのです。願の岩屋の
海を眺めながらひたすら歩きました。

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やがて岩窟をくぐりぬけて海府の賽の河原に出ました。願の海岸
を賽の河原に見立てたそこは、極楽世界にたとえられて、真更川
の山居の池へ通じる入口として設定された場所だったのです。

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木食上人たちの足跡をたどる旅も終盤に近付きました。

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真更川の集落では今も毎年百万遍念仏がおこなわれるそうです。
桜の木でつくった大数珠を大家から持ち出して、村中の人が堂に
集まってお念仏を唱えるのです。

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その日は、老いも若きもみんな一緒になって大数珠を持って堂の
中を走り回り、無病息災と五穀豊穣を祈るのだと宿の主人が教え
てくれました。

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賽の河原を通過して藻浦海岸まできました。こちら側から見る二
ツ亀の景色は初めてでした。檀特山をめぐる木食行者たちの足跡
をたどる旅もこの辺で終わりにしたいと思います。
(北佐渡紀行 その9)
(おわり)

参考図書 越後・佐渡の山岳修験 鈴木昭英著 法蔵館
       地蔵の島・木食の島   田中圭一 著


 

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コメント

おはようございます。北佐渡紀行まとめ読みさせてもらいました。(笑)
神秘の地なんですね!

kazu1954さん おはようございます。今回リーダー当番になりまして、マニアックなコースにも結構募集がありましてそれなりに好評でした。(^^)

投稿: kazu1954 | 2018年7月12日 (木) 09時36分

「北佐渡紀行」薀蓄の有るなかなかためになる内容でした!お疲れ様ありがとうございました。

静岡の岳人さん おはようございます。北佐渡は興味深い所が多くて又訪れてみたいですね。コメントありがとうございました。

投稿: 静岡の岳人 | 2018年7月18日 (水) 17時21分

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