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2019年4月

2019年4月27日 (土)

海馿の峰(とどのみね)に登る

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4月18日(木)晴
今日は知行山の西隣の、昨日よりちょっときつめの
海馿の峰を目指しました。

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海馿の峰の北面は峨々たる絶壁ですが、西側の標高150m
付近までは緩斜面が続きます。関集落と隣の矢柄集落との
境界を流れる沢に沿って入山しました。

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小沢に沿って登ると、今は放棄された棚田が続いてました。

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(俳句)すとりっぷ一人静の佐渡言葉
知行山の時と同じように、今はもう利用されなくなった
用水路沿いにひっそりと咲くヒトリシズカをみつけました。

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水路と別れて、急峻の一本尾根に取り付きました。
宿の主人がつけてくれたナタメと赤布を拾いながらゆっくり
登りました。

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途中、行者ニンニクの群生地を通りました。

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時折現れるナガハシスミレと雪割草の株に癒されました。

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(俳句)風の神祀る祠に木の芽風
急尾根を登って細長い平頂の一端に出ました。北方向へ進むと
祠がありました。知行山と同じように草分けの山の地主が屋敷
神を祀ったものと云います。

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国土地理院地図には473.6mの三角点が記載されている
ので、みんなで探してみようということに。
しばらくして「あったぞー!」仲間の一人がヤブの中から
みつけてくれました。

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掘り出すと3等三角点の刻字がみえました。全員でタッチ
してから下山しました。

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木の間越に大佐渡山脈の残雪の山々が見えました。来月は
あの峰に登れるかも。

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闘い済んで一と安堵。振り返ると、一番高い所に海馿の峰
が見えました。トドの峰よ、また来る日まで。

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(俳句)千枚田ありしは昔島の春
    裏佐渡の海の青きに春惜しむ
(GPS)軌跡 知行山  歩程 3時間
        海馿の峰 歩程 3時間
2日間とも晴れて思い出に残る山旅が出来ました。
(おわり)

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2019年4月25日 (木)

知行山に登る(外海府・関)

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4月17日(水)晴
外海府のゼット坂の峠に立つと今日と明日に登る目的の山が見えました。

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今朝は新潟港を始発で佐渡へ向かいました。

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8時30分に両津港に着くと迎えに来ていた宿の車に分乗して一路
外海府に向かいました。

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(俳句)裏佐渡の波穏やかな春岬
名勝大野亀を回り込んで北鵜島の海岸線から北佐渡随一という
ビューポイントから眺めました。

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今日は晴れて絶好の登山日よりになりそうです。

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知行山(ちぎょうさん)は手前のトンガリ峰で、奥が海馿(とど)の峰
です。知行山は右手(北側)は急峻ですが、左手(南側)は
なだらかな斜面なので南側から取り付きました。

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登山道がない山なのですが、道案内を頼んだ宿の主人が予め
ナタメをつけておいてくれました。ヤブが薄いこの時期、
マーキングを拾いながら登りました。

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昔、棚田耕作が盛んだった頃の名残の水路道を辿りました。
耕作地が少ない海府地区は山の緩斜面を開墾した棚田が利用
されたのでしたが、老齢化と後継者不足で今ではみな捨て田
となってしまいました。

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ヤブが薄いところをねらって、マーキングの赤布を拾いながら登りました。

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いよいよトンガリ山の急斜面が始まりました。

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時折現れる雪割草の群生に目をやりながら一歩一歩登りました。

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山頂に三角点はありません。永禄年間(室町後期)に入植した
草分けの地主が祀ったという祠がありました。

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宿の主人が刈り払いに入山した一と月前には、足の置き場に
困るほどの雪割草の絨毯が広がっていたといいます。
そんな頃にまた訪れてみたい山でした。
(おわり)

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2019年4月22日 (月)

山靴を新調する

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4月13日(土)晴
今日、山靴を新調したので足慣らしに角田山に出かけました。
Lスパッツも新調して履き具合、つけ具合を確かめに来たという
訳です。

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雪割草(オオミスミソウ)は日蔭にひそと元気に咲いていました。

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春告げ花のショウジョウバカマは存在感がありました。

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樹下はショウジョウバカマにカタクリ、イチリンソウに雪割草と
春植物のメインキャストたちの勢揃いのカットが撮れました。

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(俳句)かたくりの花のやさしき萋子の忌
今、角田山は全山がカタクリに覆われました。

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(俳句)岳人でありし山火の忌を修す
こずえの間から佐渡の金北山が見えました。3日後は佐渡の山
です。

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風はなごみて日は暖かし。山頂の向陽観音堂前の広場は
賑わっていました。

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(俳句)二王子の残雪まぶし山火の忌
飯豊連峰の前衛峰の二王子岳はこれからが、いい季節を
迎えます。

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(俳句)謡(うたい)して独り椿寿の忌を修す
春凪の沖に虚子も訪れた佐渡が見えました。癒される景色です。

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新調した山靴は快適に歩けました。今年の山行の力強い味方に
なってくれそうです。
(おわり)

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2019年4月21日 (日)

山桜清掃登山(大峯山)

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4月11日(木)くもり後晴
ゴム長にビニ袋とトングがいつもの定番スタイルです。今日は
山の会の恒例となっている山桜咲く大峯山(胎内市)に清掃登山
に出かけました。

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今日は16人の仲間が集まってくれました。

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今朝方まで降っていた雨があがり、青空も広がってきました。

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鎌倉時代の山城址の空堀を登る頃にはこずえの間から
囀りが聞こえてきました。

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案内図の右下駐車場からスタートし黄色のラインを縦走して分岐
から沢へ下り周回して戻る6時間の行程です。

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雪解け間もない展望広場に散開して、ごみ回収をしました。

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吸い殻やミカンの皮、スナックの菓子袋を拾い上げたくらいで
概ねきれいなものでした。

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(俳句)びょうびょうと飯豊颪しのまだ固し
残雪のピラミッドの風倉山と重く垂れこめた雲の奥に飯豊連峰が
見えました。稜線を吹く風はまだ冷たくて春はまだ先のようでした。

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(俳句)一斉に花の盛りの雪解谷
沢に下ると、雪解け後から次々咲き出した花に覆われて
いました。

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浅黄色の萌え出たばかりのフキノトウに思わず手が出ました。

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かたくりとエンゴサクのコラボです。エンゴサクのブルーが目に
しみました。

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最後の最後に大物ごみをゲットしました。

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回収したごみを手に、無事スタート地点に戻って来ました。
みなさん1日ご苦労さんでした。
(おわり)

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2019年4月 4日 (木)

春の里山の楽しみ

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3月30日(土)くもり
西山丘陵(柏崎市)の高内山にかたくりを見に出かけました。

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新潟の春の里山の楽しみは、一に残雪の山歩き、次は雪割草の
お花見とフキノトウ摘み。この日はビニ袋いっぱいに思う
存分摘みました。

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高内山は西山丘陵にある一等三角点の八石山351.1mの西に
位置する戦国武将の城砦があった古城址山なのです。

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(俳句)さきがけは春の妖精たちの花
林床にショウジョウバカマ、エンレイソウ、スミレサイシン、
イカリソウも咲き始めました。スプリング・エフェメラルたちは
木々の芽吹きの頃までに短い一生を終える儚い命です。

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溝状に掘られた空堀跡を登ると春蘭をみつけました。

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(俳句)春蘭に米山降らす雲被り
今日は春霞で米山も番神岬も見えませんでした。

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(俳句)奥津城の祠花かたくりの中
山頂に上杉配下の将の墓がありました。村内には式内社の多岐
神社があり古い時代からの村のようでした。

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(俳句)村を守る百の眼(まなこ)の紅椿
下山してから伊毛(いも)集落の大椿を見に行きました。里山は
これから芽吹きの時期を迎えます。その頃、そっと消えていく
儚い命のスプリングエフェメラルたちに触れあえた一日と
なりました。
(おわり)

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2019年4月 1日 (月)

薯を植う

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3月25日(月)晴
(俳句)農暦(こよみ)はじめの一と日薯を植う
偶の晴間の今日はジャガイモ苗を植えました。苗はキタアカリに
しました。

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(俳句)ほきほきと手折りて柔はき茎立菜(くくだちな)
冬菜が柔らかい花芽をつけた頃に摘んでいただくのが旬
ですね。雪下で甘く育った春キャベツも収穫しました。

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(俳句)茎立の畝白くして彼岸雪
菜花が咲く頃から蜂や蝶が飛び始めるのですが、今年は確かに
異常気象で、彼岸に雪が降りました。

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天豆が今年もすくすく育って大鞘をつけてくれる日を
楽しみにしています。
(おわり)

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角田山三角点8ヶ所巡り

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(クリック拡大)
3月18日(月)晴
今日は角田山に8箇所ある三角点を一筆書きに巡る山行に
出かけました。山の会で20年以上続く恒例登山なのです。

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1番目はヤブからスタートしました。
点の記には三角点名「角田」山名「焼山」標高44.8m
等級三等とあります。

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今日はすんなり見つけられるかしら。目印は倒木の下
枯草の蔭にありました。

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途中、宮前コースの名の由来の鳥ノ子神明社に参拝しました。
その昔戦国時代に織田軍に追われた朝倉氏一党が海路に逃れて
北上し角田浜沖に達しました。

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濃霧の朝まだき、陸地に近いどこから聞こえた鶏鳴に導かれて
上陸できたので、そのまま山中に潜み、再興の時を待ちました。

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時は移り、安全になった下界に降りた一党は海辺の砂丘地を開墾
して越前浜村を開村して、お家再興を待ったと伝説にある宮だった
のです。

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2番目は「宮の平」と呼ばれる此ノ入峰346.8mまで
登ると雪が現れました。

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三角点名「角田浜」四等三角点にタッチしました。ここから30m
下った最低鞍部から標高差180mの一気登りが待っていました。

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両サイドが切れ落ちた痩せ尾根の急登はゆっくり登って
角田山頂の一画に着きました。

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487mの山頂は通過して、3番目の平沢三角点のある片平山
に向かいました。山頂部から標高差250mを激下りして片道40分
長い稜線歩きでした。

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3個目の平沢四等三角点にタッチしたら、すぐ折り返して
今来た道を戻りました。山の神コース分岐を過ぎて、今日一の
激上りが待っていました。

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「苦しい登りの時には数を数える」という先輩方の訓えのとおり
300段を数え終えた頃、ようやく山頂広場に戻ってきました。

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4番目は標高445.3mの角田山系唯一の2等三角点に
やって来ました。向陽観音堂前広場から好展望がまっていました。

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頭だけ出して土中に埋まった2等三角点にタッチしたら前半を
終えてランチタイムとなりました。

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午後の部は角田山頂三角点にタッチからスタート
しました。

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午後は一段と雪解けが進んで登山道はどこもどろどろの泥道
になりました。

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西進して桜尾根を分け、さらに進んで灯台尾根を過ぎ浦浜尾根を
右に分けてひたすら下りました。日だまり径は午睡を誘います。
五ヶ浜305.4m三等三角点まで長い稜線歩きが続きました。

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6個目五ケ浜三角点にタッチしたら、すぐ折り返して灯台尾根
分岐まで登り返しました。灯台尾根に乗ったら間もなくして
小浜尾根に乗り換えました。

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小浜尾根は知る人ぞ知る静かな径です。腐葉土がふかふかして
雪解けの泥んこ道からようやく解放されました。

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急坂をずんずん下って眼下の瘤峰が見上げる高さにまでせり上が
った頃、7番目の三角点に着きました。この小浜三角点を中継
して、北に魚見山四等三角点と南の多宝山の一等三角点が
一直線上に並びます。

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指差す次の先はいよいよ最後の魚見山になりました。
灯台尾根に戻ったら一気に300m下ります。

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岩場は約2憶年前海底火山が隆起して出来上がった地形だ
そうです。大鳥越沢の対岸にはカッタン岩が見えて絶景ポイント
なのです。

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(俳句)日矢やがて切子光りに春の海
澄んだ日には遠く能登が見えるという春昼の海はきれいでした。

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最後8個目の三角点にタッチして今日のミッションは終わり
ました。今日歩いた総距離は15km、所要時間8時間40分
角田山三角点8ヶ所巡りが済めば、今年の山歩きが
いよいよ始まります。
(おわり)

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