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2019年7月23日 (火)

資朝忌奉納能を見る

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7月3日(水)晴
妙宣寺本堂に着座して能の開演を待ちました。本堂隣の畳敷
の間に老松の背景を設えた能舞台で仕舞がはじまりました。

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妙宣寺の睡蓮の池奥に日野資朝公の御墓が見えます。
御墓の前には資朝公の歌碑が立っています。
「秋たけし 檀の梢吹く風に 雑田の里は紅葉しにけり」

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(雑太城跡案内より)「雑田郷地頭本間氏の戦国期の城跡で
築城は天文年間(1532~1553)ころと考えられる。3廓か
ら成り現在も土塁や空堀の一部が見られる。天文7(1589)
越後上杉景勝の佐渡支配により城は廃され、上杉氏代官直江
兼続によって城地は妙宣寺に与えられ現在に至っている。」

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案内書にある土塁、空堀跡が今も残っています。

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「正中2年、日野中納言資朝佐渡流罪、元徳2年、資朝の
阿新丸(くまわかまる)が渡島する。地頭本間山城守は対面
を許さず、資朝を処刑、阿新丸は山城守の太刀取り、本間三郎
を討ち帰京する。阿新丸の逃亡を助けた山伏大善坊は処刑され
る。城主が大善坊の怨霊を鎮めるために勧進した社と伝える。
境内に能舞台を有する。」(大膳神社案内)

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阿新丸の仇討の史実は南北朝の歴史書「太平記」の巻二に
登場します。これに取材して能「檀風」が作られました。

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(俳句)梅雨晴の能奉る資朝忌
今日7月3日の資朝忌に毎年供養能が奉納されるのでした。

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それを一目見ようと妙宣寺を訪れたという訳なのです。
仕舞の後、鷺流狂言が演じられました。

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本命の演目能「胡蝶」は帰りの船便の時刻が迫っていた
ので今回は見ることが出来ませんでした。残念。

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2日間よく晴れて、佐渡の自然と文化に触れることができ
ました。また来年能の時期に訪ねてみたいと思います。
(おわり)

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コメント

能狂言とはまた風流ですね!私は20日~22日燕岳に登りました。天気は薄曇りでしたが周りの山々が見え、コマクサなどお花も綺麗でした。

投稿: 静岡の岳人 | 2019年7月23日 (火) 10時05分

静岡の岳人さん おはようございます。佐渡は島内のあちこち
に能舞台があって、今は毎月どこかで演能があるのですよ。
今回は、昼間の供養能に合せて山行を組みました。シーズン
前の燕岳と駒草の二泊とはいい山行されましたね。

投稿: シャクナゲ色 | 2019年7月24日 (水) 09時06分

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