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2019年9月

2019年9月27日 (金)

3度目の吟行

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9月17日(火)晴
秋晴れの今日は3度目の吟行に白山神社を訪ねました。

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素十門の孫弟子たちは決まって、公園奥にある「師弟句碑」
とか「三師句碑」とか呼ばれている句碑の前に集まっては
句碑を拝んでいきます。

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真ん中に高浜虚子の句、左右に高野素十と中田瑞穂師の句
が並びます。虚子の来県と「真萩」「越後ホトトギス」が
盛んだった頃の記念碑だったのです。

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拝殿の地下道を潜って出た所に新潟の幕末に活躍した郷土の
文人の顕彰碑が祀られていました。

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(俳句)蟹好きの画伯の碑文秋の風
本間翠峰は弥彦村の出身の画家で好物の蟹に当って亡く
なったので「蟹翠峰」と呼ばれたと書いてありました。

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(俳句)松陰を偲びし絶句身にぞ入む
中川立庵(りょうあん)は代々漢方医として有名でしたが
幕末志士の援助者でもありました。吉田松陰が新潟に来て
逗留した時を偲んで作ったという五言絶句の碑でした。

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(俳句)蓮池の風爽やかに祝はるる
今日は96歳の主宰の誕生祝と句友の俳誌「雪」の巻頭祝
を兼ねて吟行句会をしました。

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(俳句)さわやかにハモニカをもて祝はるる
句友の一人にハモニカの先生がいるので伴奏付きでバース
ディケーキのそうそくの火を吹き消して祝いました。

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(俳句)長寿祝ぎ巻頭を祝ぐ茸飯
松茸の土瓶蒸し付のきのこ膳は美味でした。

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(俳句)素十の忌近しと憶ふ秋の宮
猛暑の日も過ぎ朝晩はめっきり涼しくなって秋の深まりを
感じます。10月はもうすぐ、10月に入れば素十門の一年
の鍛錬のほどが試される素十忌記念句会が待っています。
(おわり)

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2019年9月24日 (火)

乾徳山に登る

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9月15日(日)晴
20mの垂壁を鎖に縋って乾徳山に登りました。

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(俳句)奥甲斐の瀬音さやけし山泊り
今朝は5時に起きて、95歳の女将に見送られて宿を出発
しました。

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大平高原の牧場跡の登山口から小屋沢の頭へ樹林の急登を
稼ぐと、まだ眠りから覚めない体も徐々に温まってきました。

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しらびそのうす暗い林を抜けて草原に出ると行く手に
乾徳山(2031m)が姿を現しました。

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乾徳山は臨済宗の僧、夢窓国師が開山した恵林寺(えりんじ)
の「乾」(いぬい)の方角の、夢窓国師が修業したゆかりの
「徳」和村にある「山」なので、そう呼ばれたのだそうです。

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スリリングな鎖場が現れました。

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スタンスがしっかりしているので、割りと楽に登ることが
出来ました。

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(俳句)秋麗の遠富士山に心足る
「オオー富士!」富士山はいつ見ても感動的です。

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岩場の向こうに遠く、白嶺三山から奥に延びる南アルプスの
峰々が見えると思わず「おお!」声をあげてしまいました。

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高い岩場出現。ちょっと青春がよみがえったみたいに
ワクワクして登る順番を待ったのでした。

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(俳句)天高し鉄鎖にすがる行者山
ごぼうで中間まで一気に上って、右にトラバースして
と目で追ってたら、なんだか緊張してきました。

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「オオー!怖ぇー!」真下をのぞいたらけっこう
ビビリました。

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(俳句)遠富士を巌(いわお)にもたれ秋うらら
岩場を登りあがって、あらためて見る富士山は実に
感動的でした。

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狭い山頂で記念写真に納まったら、水ノタルの鞍部まで
下りました。それからヒュッテ(避難小屋)まで長い長
い下りが待っていました。

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(俳句)青々と苔嫋々ときのこ山
緑の苔に発生したアカヤマタケが鮮やかでした。

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うす暗いシラビソ谷を下ること2時間、いささかうんざり
してきた頃、漸く林が明るくなってヒュッテに着きました。

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(俳句)かたはらにのそり出で来し鹿親子
ヒュッテ前でランチにしていたら、どこからか鹿の親子が
現れました。

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人馴れしているのか、近くまで来て物欲しそうに周りを
ウロウロするのでした。

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登山口の牧場跡まで下ると、指さす先にはまたまた富士山が。
富士山は幾度見ても飽きません。

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(GPS軌跡) 上り4時間 下り3.5時間(休憩含む)
終始富士山を眺めて、今日は一日歩き甲斐のあるいい
山旅ができました。
(おわり)

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2019年9月23日 (月)

秩父御岳山に登る

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9月14日(土)晴
木曽御岳山の王滝口登山道を開削した修験者普寛上人の
生地に秩父御岳山を訪ねました。

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普寛行者の生家が御嶽普寛神社となっている鳥居の前を
通過してバスは林道杉ノ峠線へ入りました。

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狭隘な林道を運転手さんが頑張ってくれて、林道御岳山線と
交差する通行止の地点まで行き、下車しました。

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林道の一画から取り付き、急峻な斜面を九十九折に上って
行くと落合からの登山道に合流しました。長い道程を今日
は裏側からショートカットで登りました。

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アキヤマタケ(黄)左とアカヤマタケが発生していました。
今年はどこの山もキノコが豊作の様でした。

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コガネホウキタケ(毒)に日が当ると黄金色に輝くのでした。

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アカチチタケがビロード状の傘の先に乳を出していました。
花が少ない時期に一瞬赤い花が咲いたようでした。

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尾根が痩せてくるとロープと鎖場が続きました。秩父御岳山
は普寛行者によって開削された行者山だったのです。

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ベニナギナタダケ
木曽御岳山の王滝口を開削した後、寛政6年に霊山巡霊の
旅の途上、越後国八海山に寄り入山修業された時に越後
大崎村の泰賢行者との出会いがありました。

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キイボカサダケ
普寛行者の厳しい修行に感銘を受けた泰賢行者は御嶽教
に入門し、普寛行者と兄弟弟子になりました。

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その結果、八海山は御嶽信仰講中の普寛講や一心講の認める
信仰の山となり全国デビューを果たしたのでした。

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不動明王の祠を過ぎると狛犬のいる参道へと続き、奥ノ院の
ある山頂に着きました。

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狭い山頂からは頂稜部が雲に隠れた両神山が見えました。
参道の石段に腰を下ろしてランチにしました。

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午後、奥ノ院に参拝してから往路を下りました。

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ツチカブリ
下山路も色んなキノコが現れて、目を楽しませてくれました。
百花繚乱ならぬ百菌繚乱の一日となりました。

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(俳句)九十五の媼が女将月の宿
95歳の女将が切り盛りする山の宿の客となりました。
飲むほどに酔うほどに山談義は尽きず夜は更けて行きました。

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(GPS軌跡)上り2時間 下り1.5時間
(下部の樹林帯部分は軌跡が乱れてしまいました。)

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帰りのR140から岩壁に鎧われた堂々の山容が見えました。
御嶽山は新潟に2座あります。普寛行者が御嶽教布教のため
開削した御嶽山の1座に登ることができて思い出深い山旅と
なりました。
(おわり)

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2019年9月22日 (日)

角田山はきのこ山

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9月12日(木)晴
週1登山を思い立ってから2回目の角田山、9月最初の登山
に出かけました。今は夏の花が秋の花に移る端境期なので
花が少ない代わりにキノコがにょきにょき発生していました。

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今日は宮前コースから入りました。朝倉氏ゆかりの鳥の子
神明社が山中にあるので「宮前」なのです。

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イボテングタケが発生していました。花の代わりにキノコ
を探しながら登るのも楽しいです。

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(俳句)山の毒吸うて猛(たけ)たる毒きのこ
シロオニタケが並んで出ていました。まだ幼菌ですが。
アマニタ(テングダケ属)は毒菌が多いので近づけません。

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御坊山の肩付近のコナラの老木に発生していたのは?
毒茸は形状がユニークだったり、自己主張が明快のように
思えて面白いです。

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木の裏に回ってみたら、傘の大型のきのこが出ていて食茸かと
ワクワクしたのですが、矯めつ眇めつするうちにどうも
オオワライタケのように思えてきました。今の時期は食茸
は少ないのです。

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6合目の此ノ入山を過ぎたあたりの老木の幹にびっしり
生えたのはシロハカワラタケ?かしら。

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8合目のやせ尾根の老木の走り根にフェルト状の菌が発生
していました。スルメタケ?

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下ばっかり見ながら登っていたら、いつしか山頂の一画に
着いていました。木の間越に見えた新潟平野は黄金色でした。

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爆音にふと見上げると県警のヘリが通過していきました。
海難救助要請が出たのでしょうか。

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(俳句)佐渡淡し潮濁りして颱風過
台風通過後の今日の海は荒れていました。

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下山してからいつもの砂丘地にあるお風呂に寄ってから
帰りました。次に来る頃はどんな茸が発生しているか
楽しみです。
(おわり)

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2019年9月20日 (金)

九月は句の月

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9月10日(火)晴
9月に入って2回目の句会の吟行に笹川邸(南区)に出かけ
ました。台風14号が逸れても、今日は蒸暑くなりました。

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前を歩くのは御年96歳の主宰です。足取りもしっかりして
驚くほど健康です。主宰は素十(すじゅう)俳句の直弟子の
後継者として今も全国の門人たちを指導されているのです。

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昭和20年に高浜虚子が来県され、笹川邸に吟行した時の句碑
が残っています。

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旧笹川邸は安土桃山時代に信濃国水内郡笹川村
(現飯山市付近)からこの地に移住し、昭和45年
(1970)に当地を離れるまで14代300年続いた
名家でした。

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江戸時代には西蒲原一帯の8ケ村を束ね、8千石の年貢を
取りまとめる村上藩の大庄屋で警察、裁判権を行使した役場
でした。現在は新潟市が保有し建物文化財を保存しています。

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高い木組の梁、広い土間には昔大勢の使用人が忙しく立ち
働いていたのでしょうね。上の間の長炉と一段低い広い厨
の今は火の気のない炉にふと往時を想像してみたのでした。

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(俳句)村捨てし当主の句碑やつくつくし
6千坪の広い敷地の裏庭の一画に最後14代目の当主流水氏
(俳号)の残した句碑がありました。流水氏は虚子主宰の
俳誌「ホトトギス」に2度入選した俳句達者だったそうです。

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(俳句)興先生「努力」の遺墨身にぞ入む
敷地の中に併設されている記念館に平澤興先生(京大学長)
と曽我量深先生(大谷大学長)の遺品が展示されていました。

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(俳句)庭奥に累代の墓竹の春
両先生とも郷土が生んだ碩学でした。

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句会場の地元の料亭に場所を移せば、句会の前に先ず乾杯。
実はこれが楽しみで吟行に来ているのですよ。とはウソです。

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地元の旬の食材の見事な料理に舌鼓を打ちつつ、真剣勝負の
句会は刻々と近づいたのでした。

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(俳句)まだ刈らぬ中稲(なかて)晩稲(おくて)田狐色
午後1時締切投句。20人の参加者の真剣勝負が始まりました。
酔いがいっぺんに覚めるほどの力作が披露されました。
越後の今は豊の秋。我らの句作も実りの時季に入りました。
(おわり)

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2019年9月 3日 (火)

大根蒔く

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8月27日(火)晴
山友モモさんから冬野菜の苗をもらったので3畝に分けて
定植しました。丁度明日から雨予報になりました。

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1週間前まで草蓬々だった畑と半日格闘して、とりあえず
苗を植える分を確保したのでした。石灰と元肥を入れて深耕
して1週間寝かせて置いたのです。

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ブロッコリーとキャベツとカリフラワーを3畝に分けました。
青虫がつかないように、直ぐに寒冷紗を掛けました。

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残った畝は後日、大根と冬菜を撒こうと思います。

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8月31日(土)晴
冬野菜の苗はうまく根付いてくれたようです。貴重な晴れ間
に大根を撒きました。「大根は8月中に蒔くべし」という
訓えにならった訳です。新潟の冬は早いのです。

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(俳句)佐渡見えておだやかな日は大根蒔く
2畝蒔いて不織布を掛けました。カラス対策と乾燥防止です。
残りの畝は9月の中旬に冬菜を撒こうと思います。今日で8月
は終りです。9月になれば涼しくなるかしら。
(おわり)

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2019年9月 1日 (日)

秋の気配

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8月26日(月)晴
今日の海は投げ釣をする人の景色も何処となく秋の気配が
感じられました。

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(俳句)角田から弥彦へ峠葛の花

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盆過ぎの猛暑の中を朦朧とした意識の中で見たキツネノカミソリ
をちょっとは涼しくなった今日あらためて眺めてみたいと出かけ
て来たのでした。

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狐の剃刀はまだまだ元気に咲いていました。

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人には不快な暑さも花たちには快適な環境かもしれません。
今年の暑さが常態化すれば角田山の生態系も変わってしまう
やもしれません。

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暑さに負けず暑い時にも花たちといつも元気に向き合える
ように体力をつけようと、今度週一で角田山に通うことに。
今日はその一日目。

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ボタンヅルの花が盛りでした。センニンソウに似ているけれど
三出複葉で葉っぱの先がギザギザの鋸葉とくればこれはやっぱ
ボタンヅルかな。

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「やぁ。これはこれはご精が出ますね。」
急坂を登ってふと顔をあげたら御大とバッタリ。
一服つけました。

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御大は角田山の守り人なのです。
「今年でかれこれ18年さ」と。
角田山がメジャーの山になるずっと以前の、自然豊かだった
頃を今復元するために日夜奮闘されているのでした。

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盆暮正月を除けば晴れれば、ほぼ毎日角田山の道張りに
精出してくれているのでした。氏の背を見ながら小生も
山との接し方を教わった気がしています。

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これからもずーっと角田山のことお願いしますね。

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(俳句)秋めきしものに落ち栗落ち胡桃

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今日は山頂で山の会の仲間に大勢遭いました。

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(俳句)子鷗の汀に群るる秋の浜
幼羽の幼鳥が集まって親鳥から餌の獲り方でも教わっている
所だったでしょうか。

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(俳句)秋潮の沖渺茫と佐渡淡し
秋の日本海は何とはなしに寂しく感じられました。

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ワラの龍出現。上堰潟公園に寄りました。

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藁で作ったモニュメントができていました。これはアンコウ。

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わらアート祭がすめば角田山に秋が訪れます。
(おわり)

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