三ノ峠山
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(俳句)六月の風の行き来の峠かな
三ノ峠山への途中ブナ平から木の間越に見た鋸山のスケッチ
である。ブナ平は橅が少しもなく杉ばかりの昏い平坦部であ
った。佐渡の山毛欅ガ平山も山名に違いブナがない雑木の山
であった。山も時とともに変わるのである。東山丘陵は峠が
多い。三ノ峠山の名の由来に一ノ峠から数えて三番目の峠が
そのまま名前となったという説がある。一ノ峠は451m八方
台に近い森立峠(もったてとうげ)であろうか。峠には線刻
の見送り地蔵が立っている。峠道は長岡と栃尾を結ぶ往還で
殿様街道と呼ばれたという。森立峠の句を詠んだ新潟俳句界
の鬼才といわれた耕畝大人(うし)のことが思い出される。
平安時代に酒呑童子の一の子分として世を騒がせた茨木童子
も森立峠下の軽井沢の出身であったとか。
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二ノ峠は花立峠であろうか。北進すれば一等三角点の鋸山へ
南進すれば萱峠を経て山古志の種苧原へ、東進すれば半蔵金
を経て栃尾へ続く往還を昔の人々は行き来したであろう。観
鋸台に立つと屏風のような鋸山が圧倒的であった。百年前の
人々がそうしたように六月の風を感じながら汗を拭きつつ、
往時に思いを馳せてみた。
(おわり)





































